恐らく無意識であろう、と背後から見ていて思った。
研究室の一室、彼一人に宛がわれた個室ではなく、実験体の経過資料を纏めた部屋、机には所狭しと紙の資料が置かれ、机の前に座っている男は、苛々とした様子で頭を掻いていた。
パソコンのデータと手元の資料を見比べながら、口に咥えた火の点いていない煙草を揺らす。先程ポケットから箱を取り出し、流れるような動作で煙草を咥え、同じポケットに入っていたジッポに今は持ち替えている。そのジッポの蓋を鳴らしながら、どうやら満足する数字が得られなかったらしい男は苛々を募らせていた。
この部屋は禁煙である、というより殆どの部屋や廊下は禁煙で、喫煙室以外は禁止ということになっているが、恐らく男はほぼ癖でやっていて気付いていない。火を点ける前に止めた方が良いだろうと一歩前に出た瞬間、部屋に人が入ってきた。その人物は、椅子に座った男の姿を認めると、パンプスの踵を小さく鳴らして男の背後に立った。気付いた様子もなく、男は煙草に火を近づけたが、
「此処は禁煙だ」
女の声が耳元で聞こえ、男は慌てて声がした方へ振り向こうとして、その動きを途中で止めた。半分ほど振り向いたところで、女の唇が男の口角のすぐ横に触れたのだ。事故ではなく、故意にだが。
固まって呆けた男の口から煙草を取ると、女は持っていた銀色の煙草ケースを取り出してその中にしまった。女は固まった男を置いて振り返ると、ドアの脇の壁に背を預けて立っていた私に向かって脇に挟んでいた書類の束を突き出した。
「とりあえずのノルマはこなした、休憩に行って来る」
「お疲れ様、君はスケジュール通りにやってくれるから助かるよ」
そういって書類を受け取ると、私はにこりと微笑んだ。女はありがとう・というと部屋から颯爽と出て行く。
女の足音が遠ざかり聞こえなくなった頃、漸く椅子に座っていた男は女の唇が触れた場所を手で押さえ、顔を赤く染めて机に突っ伏した、といっても私の見える位置から確認できるのは赤い耳だけなのだが、想像はつく。見ている分には面白いのだが、必ず機嫌が悪くなるのは判っているので、私は心持身構えた。
女のつけていた香水が本当に仄かに残り、鼻を擽る。足音も香水も、ドアを開けて入ってきたことも、普段の男なら勘が良いのだから十分気付きそうなものだったが、それが彼女だととたんに鈍る理由は推して知るべしといったところか。
ジッポをポケットに突っ込んで男が立ち上がる。
「まさか君、休憩に行くなんていわないだろうね?」
その背中にそう言葉を投げかけると、微かに肩を震わせて、半眼で睨まれた。
「私は、君の計算待ちなんだが」
そういうと、男は渋々椅子についてまたモニターを睨みだし、時折思い出したようにキーボードを指で打った。
「そういえば・・・彼女煙草吸っていたかな?」
「吸わねぇ」
男の簡潔な返事に、あぁそう・と呟いて、顎を指先で撫でた。
「じゃぁ、何で使いもしない煙草ケース持っていたんだろうね」
その言葉に、男の作業スピードが心なしか少し速くなった。
□後書きサーセン。ジャスティス熱が上がり、でも発散できる場所はなし・と悶々としていた時に何故かこっちに捌け口を求めたようです。
オリジナルと一緒に使っているSSを上げる為の掲示板に一度投稿したもの。 でもリアル友人が見てるから、名前出さないでやったぜ!(チキン)
あわよくばなんかのオリジナルだと思って欲しかった・というか、今見てもいわなきゃフレアリッぽくないですね。
ま、樽が書いたものですから。
この頃のアリアのイメージはジャスティスに近かった・・・・ヴァレンタインは・・・最後のあの声達は・・・忘れた!(コラ)