カサと足元で鳴ったのは、踏みしめた中庭に生えた木々が散らした葉。先日吹いた突風のせいで散った葉が足元に薄く散らばっている。
「ここらじゃねぇ・・・のか」
中庭の一角、ベンチやテーブルが置かれた幾分開けた所に比べれば、木が多いといおうか。強いというわけではないが直射日光を遮り、さりとて暗いということはない。先日の風は嘘のように凪いだ天気で、暖かさも相まって、木陰は気持ち良い。その中を歩いていると、茂みの陰に白衣を見つけた。フレデリックはふん・と鼻を鳴らすと、足早に近付いていき、木に背を預けた人影を覗き込んだ。かけようとした声を飲み込み、前へと回ると、探していたその人は、木の下でそれは気持ち良さそうに寝ていた。
「ッたく・・・何処でも寝やがって」
呆れたように呻くと、しゃがみ込んで女の額にかかる前髪を右手で撫で上げ、左手で露になった額を指で弾いた。
「痛ッ!って・・・・フレデリック?今のフレデリック?何?痛い・・・」
ビクリと体を震わせ、寝ぼけた目を押し開けたアリアは、目の前の仏頂面を浮かべたフレデリックに、何が起こったのか判らない様子で、打たれた額を押さえながら首を傾げた。一応利き手とは逆でやったのが加減のつもりだったが、痛がる様子に少し力を入れすぎたかと考えていると、
「あ・・・私・・寝て・・寝てない!」
アリアは慌てて立ち上がろうとするが、白衣の上に膝を乗せてフレデリックはそれを止めた。立ち上がろうとした勢いそのままにペタンと地面に逆戻り。アリアは恥ずかしそうに顔を赤らめ、うぅ・と呻く。
「嘘つけ」
フレデリックの短い言葉に、アリアは赤い頬を左手で隠しながら、フレデリックを見上げた。額を押さえていた手は今は下ろされ、そばに置いてあった書類の束に伸びていた。数冊の本もあり、当初は寝ていないで、きちんと仕事をしていたらしい。
「期限が近いのは判るが、こんなところで寝るくらい無理するな」
「気分転換になるかと思って外で・・・頭の中纏めなおそうとしたんだけど・・・」
「それでうっかり転寝か?」
「ごめんなさい・・・・」
「報告のレポートと・・・これは論文か?直接プロジェクトには関係ないが・・」
アリアの手の下から書類の一部を手に取ると、フレデリックはざっと目を通して、そう呟いた。報告のレポートは実験体の経過を細かく書いてあるが、あまり結果が思わしくないことをどう書くか苦心した様子が見える。論文はアリアの専門分野における法力の活用の可能性について・らしい。法力というものが見つかり、研究が始まってまだ日は浅い。此処までまとめたのは十分凄いと思うのだが、アリア自身は納得がいっていないらしく、推敲の跡が多く見られる。
「仕事と関係ないことしていたのは謝るわ、すぐ戻るから」
「いや、お前を捜したのは持ってる資料借りに来たんだ。それ」
と一冊の本を指差したフレデリックに、アリアははい・とそれを差し出した。未だにフレデリックが白衣に乗ったままなので立ち上がれないアリア。困った様子で、受け取った本の中身にざっと目を通しているフレデリックを見上げていると、
「あいつから伝言」
その言葉に、アリアは小さく首を傾げた。本から目を離さないままフレデリックはそっけなく言葉を続ける。
「仮眠室でしっかり寝ろ・だと」
「寝てる暇・・・・なんて・・なぃ・・」
いくら寝る間を惜しんだ日が続いたとはいえ、仕事中にうっかり寝てしまっていたのは変えようのない事実で、アリアの語尾は徐々に小さくなった。フレデリックは小さく鼻を鳴らすと、受け取った本と置いてあったアリアの荷物をアリアに渡し、
「ひゃッ!」
「暴れんな」
突然抱き上げられたアリアは、思わずフレデリックの首に抱きついた。が、抱えていた荷物が落ちそうになり、慌ててその手を離して荷物を支える。
「下ろして!」
「ごねたら、力尽くで運べといわれてる。リーダーの命令だそうだ」
「こういう時だけそういうのってずるいわ!」
「今戻ったってどうせまた寝るだろうが」
「寝ない!」
「まぁ・・・・お前がどう返事したところで、俺は命令に従っているだけだから」
「・・・フレデリックまで・・・ずるい」
「お前が無茶しなけりゃこんなことしねぇ」
そっぽを向いたままいうフレデリックに、アリアはむぅ・と頬を膨らませた。
□後書き
フレアリを目指していたもの・・・・目指してはいたんですけどねぇ・・・・これはフレアリなんでしょうか?激しく不安です。
なんと、「ギルティ・フレアリ」という検索ワードでこの「SS置き場」にたどり着いた方がいたようで、こんなフレアリしかないのに申し訳ないな・という気持ちで一杯になったしだいで。
一応フレデリックにアリアを姫抱っこさせてみました。要素がそれしかないってどうなんだ。さーせん。

「何処でも寝る」というのは、あの人の趣味が睡眠だというのは素体の頃から?だと萌えるので。本当に自分に正直すぎる樽ですいません。
「あれ?」
「やあ」
仮眠室にいた先客は、ぎこちなく微笑いながら、連れてこられたアリアに挨拶をした。フレデリックはいたことを知っていたのかリアクションはない。そして、男の姿に対してもリアクションはない。
「どうしたの?」
一番奥のベッドの上で布団に包まれてぐるぐる巻きに縛り付けられた男は、アハハ・と引きつった笑顔で、
「アリアが無理してるから休ませて・といったら、みんなに寄って集って『お前がいうな』と怒られてね・・・この惨状だ」
「寝たらかわらねぇだろ、むしろ寝相よく寝られるんじゃねぇか?」
「大丈夫?これきついんじゃないの?」
下ろされたアリアは、空いているベッドの一つに荷物を置くと、男の傍に駆け寄った。簀巻きを更にベッドに縛り付けたような状態で、寝られるのか・という疑問が浮かばないでもなかったが、
「これ位やらないと、こいつは仕事を中断しねぇからな。仮眠室に閉じ込めただけだったら隠し持ってた書類の処理しようとしやがった」
ッたく・と呻いたフレデリックは、解こうとしているアリアの手を掴んで離した。
「良いかアリア、そいつ逃がすなよ。お前もちゃんと寝ろ、鍵がかけられない部屋だからって逃げられると思うな」
アリアが何を・と口を開く前に、フレデリックがアリアの荷物も脇に抱えて廊下に出ると、同僚数名がひょっこりと顔を出し、
「ドアの前にスパコン置くね」
ちょ・と男の頬が引きつる。
「いやーブラックテック扱いで処分に困ってたけど、こういう重しという使い道があろうとは。そういえば人体強化の法術研究者がいるから・・・三つくらいおいておこうか?」
そうしとけ・と軽く返事をしたフレデリックに、アリアは急いで駆け寄ると、
「いつ出してくれるのよ!」
「覚えてたら終業時くらいに」
「間に合わなくなる!!」
「いい加減寝ないと力尽くでいくぞ?」
その言葉に、アリアは小さく呻いて、そろそろと簀巻きの男を振り返った。この場合の力尽くというのは、あの状態を指しているのだろうと思うと、それはいや・と首を振る。
「じゃぁ、素直に寝ろ・・・それとも」
とフレデリックは何を思いついたのか、少し意地悪そうな顔で笑いながら、アリアの耳元に口を寄せ、小声で何かをいう。途端にアリアは顔を真っ赤にして、フレデリックの頬を叩こうと手を振ったが、あっさりと避けられた。悔しそうに睨んでいたが、アリアは渋々男の隣のベッドに腰掛けた。着ていた白衣を脱ぐと、手早く畳んでベッド脇のチェストの上に置く。アリアが布団に入るのを見てよし・と小さく頷いた。
「ちゃんと寝ろよ」
不満げな目で見上げるアリアの額(先刻打った場所がまだ少し赤い)をそういって撫でると、簀巻きの男に近付き、
「お前もいい加減寝ろ・・・塗れたタオルでも持って来てやろうか?」
「それ違う意味で寝る、起きられなくなる。こんな状態でそんなことされたら確実に永眠する」
「アリア見習ってさっさと寝ろ」
「はいはい」
しょうがないなァ・と苦笑いを浮かべていた男は、
「ところで」
と声を落とした。フレデリックが聞き取ろうと腰を曲げると、
「ちゃんと寝るからこれほどいてくれないか」
「却下」
取り付く島もないように、フレデリックは一言で切り捨てた。男は残念・と笑う。
「やっぱりダメか」
「判ってんなら聞くな」
それだけいうと、フレデリックは仮眠室を足早に出て行った。そして閉じたドアの向こうでズズと何かを引き摺るような音が聞こえ、恐らくスパコンを動かしたのだろう。こんなことの為に資材庫から引っ張り出したのかと思うと、阿呆らしくもあったが、男はしょうがないな・と苦笑していると、布団を頭から被っていたアリアが顔を出した。
「今解くわね、それじゃ寝苦しいでしょう」
フレデリックは乱暴なんだから・と困ったように微笑うアリアに、男は良いよ・と首を振る。男の言葉にアリアは驚いた様子で、本当に良いの?と首を傾げる。
「フレデリックに要らぬ心配をかけることはない」
そういって微笑う男に、アリアは判らない・と首を捻るばかりだった。
□後書き
一応此処までが纏めて書いた文だったのですが、蛇足っぽかったので、こういう形で分けました。また「あの男」が出張った感がありまして。(汗)何でだろうなァ・・・・。
別にアリアを異性として見ているわけではないけど・フレデリックもそれは判ってるんだけど・やっぱり心配なんだよ!という奴です。
アリアが全く判ってないというのが、樽的にはツボなんです。異性に異性として・云々は以前ブログに書きましたが、恋人であるフレデリックに見られてないとは思っていませんよ?それはむしろ悲しいだろ。そこはそれ、そういった相手の前ではもっと可愛いんだきっと!という妄想です。(変態)