「申し訳ありませんが、一つお頼みしたいことがあるのです」
朝、神妙な顔で珍しいことをいう元部下に、ジャスティスは読んでいた本から顔を上げて、元部下を一瞥した。その視線を受けて、萎縮したように肩を小さく震わせたが、一度唾を飲み下し、
「本日・・・ディズィーが此処を訊ねると思うのですが、私はこれから出かけねばなりません。そこでこれを代わりに渡して欲しいのです・・」
「出かけることを伝えれば、日を改めるのではないか?」
ディズィーは相手の予定に無理を通すような娘ではない・と思いながらそう問うと、テスタメントは一度言葉を詰まらせた後、
「これは今日中に渡さなくてはならないものでして」
「・・・・判った、構わん」
ジャスティスの返答に、テスタメントはホッとしたような顔で胸を撫で下ろした後、ここに置いておきます・と布がかかって中身の窺えない籠をちゃぶ台の上に置いた。
「もともとお前は此処にいるわけではないのに、此処で待ち合わせるとはおかしなことをするな」
ページを捲りながらさして興味もなさそうな様子でそういったジャスティスだったが、部屋から出て行こうとしていたテスタメントは、服の裾でも踏んだのか、盛大に転んだ。
「大丈夫か?」
本に栞を挟み、転んだテスタメントを見れば、床に顔を打ち付けたまま固まっていた。組んでいた足を解こうとした瞬間、テスタメントは勢いよく立ち上がると、
「大丈夫です、私はこれからごい・・父と諸国を旅しなくてはならないので!」
「・・・何?」
「行って参ります!」
旅という言葉に、ジャスティスが問おうとする間もなく、テスタメントは走り去った。
旅ということは暫らく帰らないということだろうか?諸国というのはどこまでを定義するのか?何故急にクリフと旅に出ることになったのか?など、ジャスティスは答えの出ない疑問に、暫らくテスタメントが開け放していったドアを呆然と見ていたが、考えても仕方がない・と置いていった籠に手を伸ばす。布巾をどかしてみれば、どうやらテスタメントが作ったらしい菓子が詰まっていた。食物ならば、確かに日を置かない方が良いだろう・と納得したジャスティスは、読みかけの本をまた開いて読み始めた。


「お母さん!」
窓から飛び込んできた娘は、普段の制服ではなく、オレンジ色のリボンをあしらった黒い丈の短いワンピースを着ていた。丈の短さは、テスタメントが見たら小言をいいそうなものだったが、ジャスティスは気にもせず、テスタメントにいわれた籠をディズィーに渡そうと手に取った。
「これを―――」
「トリックオアトリート!」
ジャスティスの言葉を遮ったディズィーの元気な声。籠を持ったジャスティスの手が震えた。籠に目を留めたディズィーは、ジャスティスの手からをそれを受け取ると、
「わぁ・・・こんなに一杯、ありがとうお母さん!クルーの皆と頂きますね」
「トリ・・・今日は・・・十月・・・」
少し呆然とした様子でジャスティスは部屋を見回したが、カレンダーはかかっていない。というか、元からこの部屋に暦が判るものがない。
「31日、ハロウィンですよ」
にっこり微笑んだ娘に、ジャスティスはそうか・と呟いた。尻尾の先でパリと雷が走り音を立てた。
そこで今日は朝からクリフもヴィーも姿を見せなかったことに、図られた・と気付いた。ヴィーに至っては珍しいことに、数日来てもすぐ帰ったり何もいわずに静かなもので、だが何かそわそわとした様子で、落ち着きがなかった。そうと知れれば、なんと不審であったか・とジャスティスは内心で舌打ちした。三人とも組んでいたのだ。
「私はケルトでもないし・・・・収穫を祝う必要もない・・・こんなものに・・・」
ぼそぼそとジャスティスがいった言葉が聞き取れず、ディズィーは小さく首を傾げる。それを見たジャスティスは、慌てて気にするな・と首を振った。
喜ぶ娘にわざわざ水を注すほど、我を通したいわけでもない。母子としてイベントを・というつもりだろうというのは理解出来るが、ジャスティスにとってはいらぬ世話だ。何が悲しくて人の祭りに乗ってやらねばならぬ・と収まらぬ腹の行き場を、表にも出せずに尻尾の先で雷が鳴る。
そこへ、
「トリックオアトリートだジャスティス!といっても菓子などもらっても無駄なので、悪戯一択なんだが」
転移して現れたのはコピー。そしてそのコピーの頭を掴むジャスティスの動きは、それは早かった。すぐさま頭を締め上げ、
「痛ぁ――――――――――ッ!」
悲鳴を上げるコピーの頭を自分の元へ引き寄せる。
「貴様は・・・・本当に私思いだな、丁度良いところに現れたものだ」
「む・・ジャスティスを喜ばせたのか?嬉しい筈なのだが、とても不安を覚える」
「お母さん?」
「ディズィー、そのお菓子を持ってもう帰りなさい・・・私は少しコピーに用事が出来たのだ」
ヒタリと冷たく静かな声に、ディズィーはそれ以上聞かずにコクコクと頷くと、窓から出て行った。本能的に危険を察知したコピーの手がその背に伸ばされるが、声は出ない。
「貴様が来なければ・・・そうだな、自分から探しに行くところだった」
力を入れた腕に、バリリと音をたてて雷が這い回り、コピーが痛みに声を上げた。
「何故ジャスティスは怒っているのだ!私はまだ何もしていない!」
「何もテスタメントの意図を理解していないわけではないし、娘が喜んだことが判らぬわけでもない。だが・・・・だが、付き合わされたことによるこの収まらぬ腹をどうにか晴らさねば。本当に丁度良いところに来たものだ」
「いきなり!いきなりか!?砲門を開くのが早いのではないか!?」
「お前が丈夫で助かる」
ジャスティスの声は少し愉快そうで、滅多に聞けないだけにコピーは少し嬉しかったのだが、目の前でバチバチと音を立てて法力が収束していく砲門が、そんな気持ちをふっ飛ばした。数秒後体も吹っ飛んだのだが、最終地点は宇宙だった。
□後書き
当日に一時間弱で打った文。構想は数日前からしていたのだが、なんというか・・・・オチがなァ・・・・。

「KY」とは呼ばれたくないジャスティスは、娘の前では我慢して、いないところで力一杯発散してると思います。本当に娘中心の頭だね、此処のジャスティス。サーセン。

アパートのジャスティスは、記憶が戻る前とあまり変わりありません。そういう方向でいきたいな・と思うようになりました。ガチンコで殴り合えば良い。