□あぁ・・・と口から漏れた呻きは、この狭い部屋に居る誰かの耳に届いたのだろうか。
□家主を置いて盛り上がる部屋は、八畳と普通なら狭くはないのだろうが、家主が座って二畳寝て四畳とサイズがあるため、狭く感じる。□部屋の中にいるのは家主を含めて五人。□今日開かれた催しの主役でもある家主は本来なら一番奥・上座に座るべきなのだが、外から帰ってきた今、部屋の入り口で立ち尽くしていた。
「・・・・これは一体なんだ?」
□ジャスティスの声に、冷ややかなものを感じたテスタメントとヴィーは、ぎくりと体を硬くした。□ジャスティスが帰ってきたことに嬉しそうに駆け寄ったディズィーはにっこりと微笑いながら、
「お母さんの誕生日だと聞いたんです!」
□ディズィーの言葉にジャスティスは部屋の中心にでんと置かれたちゃぶ台の上に並べられた料理を見た。□色々な料理があるのは判るが、ジャスティスにとっては全くどうでも良いことだった、食事を必要としないジャスティスにとっては。□ただ、それを用意したであろうテスタメントに目を向け、
「本当に祝おうと思ったのか?」
□ジャスティスの静かな言葉に、テスタメントは顔を硬くしたまま、小さくえ?と声を上げる。□ディズィーもジャスティスの様子に気付いて、不安げな顔をジャスティスに向けた。□ジャスティスは手の甲でディズィーの頬を軽く撫でた後、
「私が生まれた・ということがどういうことを意味するか理解しているのか?」
□部屋を見渡して、そういったジャスティスに、部屋にいた全員の視線が集まる。
「私が生まれたことにより・・・聖戦は起こったといって良い・・・それでも私の誕生を喜ぶと?」
□愚かなことだ・と小さく頭を振りながらいったジャスティスに、でも・とディズィーが小さな声を上げる。□ジャスティスはゆっくりとディズィーの方へと向くと、
「聖戦が起こらねば・・・ギアになどにならなかった・そういった男に、私の誕生を祝わせるのは、酷だろう」
□その言葉にディズィーはテスタメントに慌てて振り返ると、テスタメントはゆるりと首を横に振った。□声には出さずに気にするな・というと、
「ジャスティス・・・ディズィーが折角こういう場を設けたいと準備してくれたのです、せめて席につくだけでも・・・」
「本気でいっているのか?疑うな・・・私の誕生など祝っ―――」
□ごっす・という鈍い音と共に、ジャスティスはきゅぅ・と気を失って、くずおれた。
「お母さん!」
□床にぶつかる前にディズィーがジャスティスを抱きとめようとしたが、200kgを超えるジャスティスを受け止めきれずに一緒に倒れそうになる。□ジャスティスの首根っこを掴んで、それを止めたのは殴った張本人、ソルだった。
「空気読め」
□低い声でぼそりといわれ、最初それがジャスティスに向けられていった言葉だと、その場にいたものは全員判らなかった。□そして、次の瞬間全員が、
(貴方/お前がいう!?)
□と、内心で思っていた。□そして互いの顔を見合わせて、同じことを思ったことを知る。
□微妙な沈黙が流れる中、あえてそれを無視したソルは、持っていた封炎剣を壁に立てかけ、ジャスティスを軽々と抱えて部屋の脇に寝かせた。□封炎剣で後頭部を強打され、昏倒したジャスティスの顔を覗き込んだが、気絶しているだけだと判るとソルは部屋の中に入ってちゃぶ台の上の料理に目を向けた。
「・・・・・・・・・・・・・」
「何だ」
「まだ何もいってねぇだろうが・・・なんで武器出して来るんだ」
□料理を目の前に呆れた空気を漂わせたソルに、テスタメントは鎌を構えて睨みつけた。□隣に座っていたヴィーは止めとけ・と服の裾を掴み、クリフはそれを子供がやんちゃしているのを眺めるように傍観している。
「芋が入っていない料理があるのか?」
□ちゃぶ台を指差したソル、その先の料理はディズィーも手伝いはしたが、テスタメントが作った・といって良い。□スープにオムレツ、グラタンにサラダ。□メインと思しきは鶏肉らしい。□その全てに芋が入っているように見える。□スープはトマトベースらしいが茸と芋が浮いていて、サラダはもちろんポテトサラダ。□グラタンにも芋が入っているのが見えるし、オムレツも同じだ。□メインの皿の横に置かれた付け合せは芋以外の何に見えるというのだ。
「デザートはスィートポテトだ!」
□ジャガイモじゃないぞ・といわんばかりのテスタメントに、ソルは半眼で冷ややかな目を向け、
「結局芋だろうが・・・」
「ところで・・・ソルは何で此処に来たんじゃ?誰もお前を誘っておらんじゃろ」
「ただ飯喰いに」
□クリフの言葉にソルは眉を寄せたが、短くそう答えた。□なるほど・と納得したクリフだったが、
「出て行け貴様!」
□大鎌を振りぬくテスタメント。□小競り合いの火蓋が切って落とされ、クリフとヴィーは顔を見合わせ溜め息を吐いた。
「・・・・こ・・こは?」
□気絶から目覚めたジャスティスの視界に入ったのは星空、天井が小競り合いで突き抜けたのではなく、ジャスティスは屋根の上にいた。□隣にはディズィーが目を覚ましたことに安堵し、ほっと息を吐いた。□肩にかけたショールには花の刺繍があしらわれていて、テスタメントが作ったものだと知れた。
「ちょっと今部屋の中でテスタメントさんとソルさんが・・・」
□いい難そうに言葉を濁したディズィーだったが、下で確かに何か騒がしい声が聞こえる。□ジャスティスは全く・と溜め息をつく。
□ふと、ディズィーのものいいたげな様子に、ジャスティスはどうした・とディズィーの頬を尻尾でやんわりと撫でた。
「やっぱりお母さんのお誕生日・・・お祝いしてはダメですか?私・・は、嬉しかったから」
□正確には拾われた日を誕生日といっているだけで、正しい日を知るわけではないのだが、それでも養父母の元で祝われたことは良い思い出だった。□快賊団においても、嬉しく喜ばしい日としてイベントとなっている。□だからこそディズィーは母親であるジャスティスの生まれた日を祝おうとしたのだが、
「私の生まれた日など・・・祝って良いものではないのだ。だが、私は・・・・私が生まれなければ良かったとはいわない、それは絶対にしない。私を否定することはしない」
□それは・と言葉を切り、ジャスティスはディズィーの頬に手を伸ばすが、触れる寸前でその手を止めた。□切っ先鋭い指は簡単にディズィーを傷つけることが出来る。
「お前が生まれたことを否定することになるから」
□そういったジャスティスに、ディズィーはジャスティスが引こうとしていた手を掴んだ。□ジャスティスはディズィーが傷つくのではないかとぎくりと体を強張らせたが、ディズィーはその手を自分の頬に寄せ、
「お母さんが生まれたから・・・・今の私があるんです、だから・・・やっぱり私には嬉しい日です」
□涙を滲ませながら、それでも微笑うディズィーを見ながら、ジャスティスは柔らかく温かいディズィーの頬の感触に眼を細めた。
「お前が・・・健やかに・・・幸せであることが私には何より嬉しい」
□この暖かさを感じることは、ギアとなって感じたことのない”幸せ”というもの。□他人のそれを奪い続けた自分が手にして良いものではないのだけれど、ジャスティスはその幸せを噛み締めた。
□が、それも長くは続かなかった。
「その姿を見られることが何よりの贈り物、だから・・・私に祝いの品などいらない」
□微かに震えるジャスティスの声に、ディズィーは首を傾げた。□ジャスティスは極力ディズィーの背後に”ある”ものを視界に入れないようにしながら、
「・・・・お前の後ろにあるのは・・・」
□実のところをいえば、気絶から目が覚めてディズィーの方を向いた時から、視界には入っていた。□出来ることなら触れずにいたかったのだが、一抹の不安が頭を過ぎり、重く圧し掛かる。□なにやら期待の篭った視線を送られているというのも、ジャスティスが無視し切れなかった要因の一つだ。
「お母さんの大切なものが”自分”だと聞いたんです!」
□そういって突きつけられる冊子の文字に、ジャスティスはめまいを覚えつつ、ディズィー・と弱々しい声で名前を呼んだ。
「私が・・・自分が大切といったのは聖戦下の話だ・・・ギアを率いて戦うということは私しか出来ない、私は換えのない存在だった。私を欠いては聖戦を私達のいう意味で終わらせることは出来ない以上、私を失うことは出来ない。だから・・・・私が大切・ということになるのだ」
□決して自分が好きという意味ではないのだ・というジャスティスに、ディズィーはきょとんとした顔をしていた。□ジャスティスはだから・と言葉を続け、
「何故お前がコピーを連れているか聞いて良いか?」
「お母さんの誕生日のお祝いに何を送れば良いか判らないと色々人に相談したんです、そしたらソルさんがこの冊子を下さって」
□ディズィーの言葉に、ジャスティスの髪がゆらりと風もないのに広がった。□それに気付かないディズィーが言葉を続ける。
「相手の気持ちになって、相手の欲しいものを考えれば良いとテスタメントさんも仰いましたし」
「そうか」
「お母さんにお母さんを上げるのは無理なので、コピーで良いとソルさんが」
□ディズィーの言葉の途中で、ジャスティスはすっく・と立ち上がると、ディズィーをおいて転移していた。
「今日ほど・・・・今日ほど思ったことはない・・!貴様を引き裂くこと容易いこの手が喜ばしいとなァ!!!」
□アパートの柔らかい照明に照らされたジャスティスの手は黒く光る。□刃へと変えずとも、その手はちゃぶ台を粘土細工のようにやすやすと掻き切った。□ちなみに、料理はテスタメント達が始めた時点でヴィーとクリフで避難済みである。□埃がかからないようにラップをかけ、料理を抱えて部屋の隅でじっとしている。
「待て!いきなり現れて何を怒っていやがる!」
「何をではない!白々しい!!ディズィーに要らぬことばかり吹き込みおって・・・!」
□どうにかテスタメントを退けた所に、転移してきたジャスティスがソルに襲い掛かる。□上がっていた息を整える間もなく始まった第二戦。□完全に傍観を決め込んでいるクリフとヴィーだったが、
「此処のアパートって丈夫だよな」
「そうじゃな」
「じいちゃんは止めないの?流石にジャスティス参戦じゃぶっ壊れるかもよ?下手したらじいちゃんの部屋も巻き添えじゃない」
「そんな年寄りに鞭打つようなこというもんじゃない、ワシみたいな老いぼれには何も出来んよ」
「そっかぁ・・・」
「お母さんどうしたんでしょうか?」
□部屋の中に戻ってきたディズィーは、怒り狂う母親に首を傾げるばかり。
「さぁのぅ〜」
□ソルに敗れてう〜ん・と唸っていたテスタメントが巻きこまれないように、手元に引っ張りながら、クリフはからからと笑った。