『一家に一体いかがですか?』
お使いの為に街を歩いていた時、暑い最中やけに厚着をして顔にはマスクとサングラスという怪しい風体の人が配っていた紙。手当たり次第に渡していたのか、その周りには紙がごみとなって散乱している。
この紙を渡されて捨てない人間の方が少ないだろう・というそれを配っている男は、手に持っていた紙を配り終わると、そばに置いていた紙がつまった紙袋を持ってすたこらとその場を走り去る。そしてタイミングを見計らったように駆けて来る警察機構の制服を着た人が数人。
「此処で紙を配っていた男は?」
手近にいた人にそう聞くと、あっちです・と男が走り去った方を指差す。ありがとうございます・と頭を下げた後、警察の人達は駆け出した。手には拾ったらしい紙の束、一人など紙袋にぎゅうぎゅうと鮨詰めているのを肩に担いでいる。
「ッたく・・・・どういった目的か知らないが、こんなもの配って・・!買う人間がいると思っているのか?」
「いるわけないだろう!それにしても逃げ足の速い奴だ、尻尾を掴ませもしないで」
「私は此処を片付けてから追う、先にいっていてくれ」
そういうと、一人が残って散らばる紙を拾い始めた。それを見ていた周りの人達も一斉に拾い出して、警察官が持っていた袋に詰める。それを見ていたのだが、渡された紙を買い物籠の奥にしまった後、傍に落ちていた紙を数枚拾って、パタパタと駆け寄った。
「あの・・・・先刻の人が配っていたものって・・・」
「え?あぁ・・・・性質の悪い悪戯ですよ」
困ったものです・と苦笑いを浮かべながら、警察官は受け取ろうと紙に手を伸ばす。どうぞ・と手渡すと、そそくさとその場を離れてお使いを再開した。
「特売をやっているのは・・・・二番通りのお店だったわね」
そういってメモを確認しようと籠に手を入れると、先程の紙が指先に当たる。それを取り出して広げ、皺になった部分を延ばして、もう一度読んでみた。
『一家に一体いかがですか?』
その下に書かれた文字は『大特価』、更に売り文句らしき言葉は続く。
『故障知らず』や『法力により半永久的に稼動可能』など。『移動に便利』と書いてあるが、確かにそれは便利だろう。高速で移動する手段は限られていて、道を行くなら馬車がせいぜい、飛空艇は個人が持つのは難しいし離着陸の問題があって、便利な移動方法とはいえない。それを考えれば、これを使った移動は、見ていた限りでも早かった。これ・というのは大変憚られるものがあるのだが。
『実戦機能は搭載されておりません、また強度に問題ありの為必殺技の練習台には向いておりません』
「・・・・練習台って」
ふつと湧いた怒りに、紙を持っていた手に我知らず力が入り、くしゃりと音を立てた。慌てて紙を撫でて顔辺りに出来てしまった折れ目を伸ばそうとする。絵姿など手に入りようがないのだから、こんな広告とはいえ大切にしなくては。
『教えれば料理洗濯掃除と家事全般こなせます、「お帰り」が欲しい方にぜひお勧めです!』
「・・・・ッ!」
イラッとしたのが、今度は自分でもはっきりと分かった。全く目的の判らないこの広告だが、確実に自分を不愉快にする。
「・・さんを・・・・なんだと・・・・」
ポツリと口に出した瞬間、目の前を何かが横切ったことだけ判った。慌てて顔を上げてそれを目で追うと、先程紙を配っていた人間。細い路地へと曲がる背中が見えた。そうと気付いた時には走り出していた。
前を走っていた男は、未だに警官に追われているようで、辺りに気を配って歩いていたが、追いかけてくる少女に気付くと、ぎくりと体を硬直させたのも一瞬、すぐに身を翻して走り出した。だが、早いわけではない。
「待ちなさい!」
「待てといわれて待てたらこんなにこそこそはしないなァ」
アハハ・と走りながらも笑う余裕さと人を馬鹿にしたような喋り方、そしてこの声には聞き覚えがあった。
「ウンディーネ!」
呼びかけにこたえて背中から白い腕が伸び、ひょいと矢のようなものを目の前の男に向かって放つ。それを男は振り向きもしないで避けた、がそれは十分男の足を鈍らせる時間を稼いだ。ぐっ・と強く地面を蹴って男の背中めがけて飛び、
「えい!」
男の背中に少女の蹴りが刺さり、男は背中を反らせて倒れこんだ。ぐぇ・という悲鳴を上げた男の背の上に着地した少女は、足元を冷ややかな目で見下ろしながら、
「これは一体どういうつもりですか?」
地面に這いつくばったまま顔を上げない男に、持っていた紙を鼻先に突き付けてそう問うと、男はのろのろと顔を上げ、
「君って意外と乱暴なんだねェ。いい加減降りてもらえると嬉しィなァ」
質問に答える気のない男に、少女は小さく溜め息をつくと、目深に被っていたフードを剥ぎ取り、
「貴方・・・・クロウさん・・ですよね?」
「僕の名前覚えててくれたの?へェ・・・」
男は正体がばれたと見るや否や、サングラスをポケットから出した眼鏡に変える。倒れた時の所為か眼鏡に小さな皹が入っているのを見て、一瞬眉間に皺を寄せたが、それでもすぐにニヤニヤとしたあの笑みを顔に張り付かせると、
「君の方からこんな熱烈なアタックをしてくれるなんて・・・僕のものになる気になったのかな?」
と男が軽口を叩いた瞬間、頬すれすれにネクロの拳が石畳に突き刺さる。
「ネクロ止めて」
「君がやれっていったんじゃなくて?」
頬を引きつらせて冷や汗をたらす男に、少女はふふ・と微笑いながら、
「私がそうするようなことなさったんですか?」
わ〜ぉ・と小さくいう男にはまだ余裕は消えない。それを警戒しながら、少女は先程の紙を男の前にもう一度突きつけ、
「これは一体どういうつもりで配ったりしているんですか?」
突きつけられた紙をんー・と眼を細めて見ながら、男は困ったような顔で、それでも笑みを浮かべた。
「此処最近でさァ、やたら支部に招かれざる客が来てねェ。そのたびに爆破とかして破棄してたもんだからさァ。お金がないんだよねェ、で・・・・そのお小遣い稼ぎ程度にはなるかな?ッて」
しれっ・といった男に、少女の頬が引きつった。少女の背後でネクロがもう一度硬く拳を握るのが見える。それどころかウンディーネすらすでにいつでも放てるように氷の塊を携えていた。男は未だに少女の足の下、避けられない。男もそれが判っているらしく、慌てて、
「君の保護者だってねェ、支部破壊に関わってるんだよ?請求しないだけありがたいと思って欲しいね、施設内の機器はそりゃ目の玉飛び出るくらい馬鹿高いし、貴重なデータだって焼失するの泣く泣く破棄したんだから」
捲くし立てる様にいったものの、それに対する少女の言葉は簡潔で冷たかった。
「そんなこと知りません、自業自得でしょう」
「そぉかなァ。僕はいわれた通り僕の仕事をしただけなんだけどなァ」
「それよりも!何で貴方達のお金稼ぎの為にこんな・・・・こんなひどいことするんですか!」
「ひどいって・・・・ジャスティスコピー売ります・ってそんなにひどいかなァ?」
「人の母親を何だと思っているんですか!貴方達の為にどうしてお母さんが身を売らなきゃいけないんです!」
そういって少女が指差した先にはジャスティスの写真と躍る「特価」の文字。破壊神と恐れられたジャスティスのコピーを誰が買うというのだ。というか、こうおおっぴらにしていい事ではない筈なのだが。
「お母さんて・・君ねェ、それコピーだよ?」
クロウが首を捻るのに、少女は更に頬を引きつらせ、
「自分の母親のコピーが、知らぬ誰かに小間使いとして使われて、気分が良いですか?大体なんですかこの必殺技の練習台って!あんまりじゃないですか」
「まァまァ・・・強度の問題でその用途は無理って書いてあるじゃない。いやね、本当だったらこんな売り方しないで武装つけたままどこかの組織にでも売り払えば兵器として十分働けるんだけどさァ、そうすると採算が取れないんだよねェ」
困っちゃうよ・と笑った男の頬を掠める拳、男は首を動かせるだけ動かして、それを避けたのだった。
「頭潰れそうだったんだけど!僕、君達と違って戦えないんだよ!ひどくないかな、これって」
流石に余裕がなくなってきた男だったが、少女はそんな言葉には耳もかさずに、うぅ・と顔を両手で覆って涙を滲ませた。その頭を慰めるようにやんわりと撫でるウンディーネと、グルル・と男に対して喉を鳴らし威嚇するネクロ。
「お母さんを・・・・これ以上・・・人の為に利用するなんて許せません!」
「ちょッ!助けて!!ジャァースティース!」
男が叫んだのと同時に現れた白い影は、とん・と軽くディズィーの肩を押すと、ゆらりとよろけたディズィーの足元から男を助け出した。男は急いでジャスティスの陰に隠れると、
「はぁ・・・・・待ち合わせした場所の近くで助かった」
冷や汗を拭いながら、男はまたニヤニヤと笑い出していた。ジャスティスを前にして固まるディズィーに、
「このまま君を連れ帰っても良いんだけどねェ・・・このジャスティスも武装解除した奴なんだ。残念だよ、いい機会だったのに」
「武装がなければ、貴方を守りきれないのではないですか」
「へェ・・・・母親のコピーに・・・君は牙を剥くと・流石兵器だね、いうこととやること滅茶苦茶だ。僕を逃がす時間稼ぎくらいは出来ると思うよ、自分を賭して・ね。それで良かったらジャスティスを相手にさせるけど?」
男の言葉に、ディズィーは悔しげに顔を歪めた。ジャスティスはそろそろと後退ると、男を抱き上げて地面を蹴った。高く跳ね上がった体は建物の屋根の向こうへと消える。その背中を見送ったディズィーは、
「許せません・・・・終戦管理局」
と一人闘志を燃え上がらせた。
□後書き ディズィーが黒い?いやいや、気のせいですよ。 樽の脳内ではもっと黒い。(コラ)
ジャスティスコピーをネタにする時、H様のあの絵はギギ界じゃ無理だ。 じゃぁどうすれば良いんだ! あぁ・・・パラレル? というひどい脳内妄想が進んでますよー、誰かぶん殴って正気に返してください。 へるぷみー。
あれ絶対面白いよ・・・素敵なネタだ・・・・うわぁ・・・字で書きてぇ、漫画描けないから字で何かやりてぇ。OTL