パンという景気の良い音が雑多な印象を与える研究室に響いた。
「いいよ、君じゃ判断がつかないだろうから聞いておいで」
にっこりと微笑いながら(字面ではそれほどでもないが、目にすると警戒心を煽る笑み)クロウは手で戸口を指した。コピーは少し迷ったようだったが、コクリと頷くと、その場から転移した。
ドア指した意味はまるでなかったが、クロウは気にした様子もなく、帰ってきた時のコピーを想像してほくそ笑んでいた。


「ジャスティス!」
「いきなり来るな!勝手に入るな!!目の前に現れるな!!!」
体が異空間から実世界に固定されて完全に現れた瞬間を的確に捉え、ジャスティスはコピーの頭を握り締めた。めきめきと骨格に包まれた頭部が軋む音を挙げ、コピーは悲鳴を上げるのを堪えながら、
「それでは、前二つで順序を踏んだとしても結局会えないではないか!」
「何をいっている?私は貴様に会いたいなどと思ったことはただの一度もないし、それはこれからもだ。むしろ不快になるくらいなのだ!」
「しかし今回私は用が会ってきたのだ、このままは帰れない!」
「貴様の用など知ったことかぁッ!!」
ジャスティスはアパートの窓を尻尾で開くと、そこからコピーを放り投げた。空中で態勢を立て直したコピーの眼前には見知った火の玉、小さくともその威力は知れている。
「消え失せろ・・・」
底冷えするようなジャスティスの声に、コピーははぁ・と内心で溜め息をついてガードした。
「気が済んだみたいだから、手短に用をいう」
「済んだわけではないし、貴様の用など知らんといった」
畳に腰を下ろしたジャスティスはコピーから目を背け、読み途中の本を手に苛々とした様子で表紙を指で叩いた。コピーはジャスティスの傍へと膝を寄せ、
「語尾につけるなら“にゃあ”と“わん”のどっちが良い?」
神妙な面持ちに声音は明らかに真面目に聞いている様子だったが、ジャスティスは質問の意図が判らず、少しの間思考が停止した。少しというには長過ぎたかもしれない、十数分は硬直していた。
本を叩いていた指を止め、固まったままのジャスティスに、どうしたのか・と首を捻ったコピーが顔を覗き込もうとした瞬間、
「ッ―――!」
「“誰”の語尾につけるんだ?人に弄繰り回された愛玩動物の鳴き声を“誰”の語尾につけると?」
「痛い痛痛痛ー!私だ私!」
「お前は一体何を考えているんだー!!」
膝に置かれていた本は立ち上がった瞬間に畳へと滑り落ちたが、ジャスティスは気にする様子も見せずにコピーの胸倉を掴んだ。装甲を掴めるのか正直怪しいところもあったが、どこぞの男は裸も掴んでいるから問題ない・・・ようだ。
「私のコピーであるお前がみっともないまねをするな!」
「マスターが罰ゲームということで、それをつけて一週間研究所勤めをしろと。チェス中に何度かマスターにいわれたお使いに行ってな、その度にコマの位置が変えられていたんだが、結局マスターが勝ったのだ」
「イカサマされていることに気付いているではないか貴様!」
「その現場を見ていない、いっても仕方ないだろう」
下らん・といいたげなコピーにジャスティスは拳をブルリと震わせた。
「“にゃあ”だろうが“わん”だろうが私にはどうでも良いのだが、私に選べ・とマスターにいわれてしまってな。そんなもの出来ん・といったら、オリジナルであるジャスティスに聞けば・と提案された」
それはつまり、相談されたジャスティスが怒り、コピーを叩きのめすのを予測した上でいっていて、むしろ罰ゲームはそっちが狙いではないのか・と思わないでもなかった。ならばそれに乗ってやるのも腹立たしい。
「失せろ」
「どっちが―」
「知らん!」
もう一度窓の外に放り投げると、今度は赤い光がコピーを襲った。
□後書き インペリアルレイは十分手加減しているので、乗っていることにはなりません。

激しくコピーの馬鹿化が進んでいるように見えますが、クロウのいい出すことをまともに取り合わないで気が済むのを待っている感じです。コピーはクロウのいうことよりジャスティスがどうかを気にします。もうちょっと深く考えれば(考えなくても)ジャスティス怒るって判ると思うんですが・・・あぁそこが馬鹿なのか。
下手にジャスティスにツンツンすると、ロボカイと被る気がしなくもないので、普段からちょっとどきどきしてます。クロウに従順な辺り、そこはロボと違いますけどね。ロボポチョよりは家事に適してると思います、コピーの方が。適していても本来の用途目的からずれてる・という話なんですが。

ヒトツバシ様のコメから、こういうのが脳内で出てきたよ。↓
「それにしても変な話だと思わないか?」
「・・・・」
「“ぴょん”というのは、ウサギの移動方法である跳ねる動作の擬音・つまり鳴き声ではないのだ」
「・・・・」
「それを語尾につけるのは先の“にゃあ”や“わん”とは明らかに違う」
「・・・・」
「語尾に擬音をつけるなんて不自然極まりない」
「で?」
「うッ・・・・」
「いいたいことはそれだけか?」
「な・・・何を怒っている?」
「判らないなら良い・・・消えてくれればそれで良い」
ジャスティスの放つ白い光は、目の前のもの全てを薙ぎ払った。
「あーっはっはっは!!」
腹を抱えて笑うクロウに、他の研究員から冷ややかな視線が集まるが、クロウははなから気にしていない。ただ目の前にいるものが、クロウの反応が良く判らない・といった様子で首を傾げているのに、また笑いを零した。
「失敗?・・・ぴょん」
「いやいやいや・・・まぁ、間違えているわけじゃないよ。ただその姿とその喋り方にその語尾は、思った以上の破壊力だったということだねェ。いやはやあんまり笑ってお腹が痛い」
そういってお腹を擦ったクロウに、コピーは薬箱から胃腸薬をとってきたが、クロウは笑ってそれを断った。未だにクスクスと堪えきれない笑い声が漏れ、机に突っ伏すクロウを見て、
「仕事効率低下ヲ確認・・ぴょん。言語・・モード初期化」
「えェー!もう止めるのォ?君は負けたんだよ?罰ゲームなんだよ?僕の許可なしに止めるのってどうなの?」
「効率低下ニヨルますたーノ被ル損害ハ忌避スベキ」
「僕のこと考えてってこと?」
「本部ヨリ転送」
そういってコピーは自分の手の中に大量の紙の束を出現させ、それをクロウの机の上に置いた。それを見たクロウの顔が引きつる。
「期日厳守」
コピーが指差した紙の束に貼られた付箋紙には、三日後の日付。どうやら全てがそうらしいと気付いたクロウは、こめかみを引くつかせたものの、
「手伝ってよ」
と、短くいって、ペンを握った。