□一面に広がるのは花、様々な花が咲き乱れるそこは葉の緑と、白一色の花弁の色に支配されていた。□光に照らされたそれは眩しいくらいで、朝露に濡れた花弁は宝石のようだ。
□その中を一人、黒衣のドレスに身を包んだ少女が軽い足取りで歩く。□中央に腰を下ろすと、今が盛りと大輪の花を咲かせるそれを手折っていった。□白の中にある黒、だが決してそれは染みのようにその空間を崩すことはなく、黒曜石のような美しさがあった。
□やがてその細い腕の中が花で埋まると、少女は立ち上がってくるりと踵を返し、その部屋から出て行く。□部屋・といってもそこは石造りのホールだったものが、天井が崩れ落ち、床へと敷き詰められていた大理石の上には瓦解して大きく穴の開いた壁から運ばれた砂土が降り積もっている。□そしてそこに白の花園が広がっていた。□崩れた天井から降り注ぐ光と、そこから見える抜けるような青い空は、今のこの時代がどういう状態かを忘れさせる。
「今日も素敵な花をありがとう、貴方は良い花守ですね」
□ホールから出る大仰な石門をくぐる直前、石の柱の影にいた異形に、少女はそう声をかけた。□異形は小さな声で答え、深く頭を垂れた。
□壊れた古城と形容するのが一番近い風貌。□石門を抜けるとそこは真っ直ぐにどこかへと伸びる廊下。□同じように石造りながら、そこは壊れている場所が少なく、また窓も高い場所にあるだけで、朝早く日が低い今は足元自体は暗い。□その中を危なげなく歩いていた少女は、扉の一つの前で立ち止まると、扉は音もなく開いた。□扉の真正面には、窓枠すら壊れて石の窓組みだけになった開き晒しの窓。□そこから差し込む光だけを光源にした、広い部屋。□少女は歩く速度を上げて、その窓へと向かって歩いていく。□正しくはその窓の下へと。□花に包まれた影は俯いていて表情は読み取れない。□少女は駆け寄るようにその影に近付くと、膝をついてその周りを縁取るような白い花に、持って来た花を丁寧な手つきで更に飾る。
「今日のお花はこれで最後です」
□そういって、大きく傷ついた影の体、その傷跡が隠れるようにその周りは念入りに花を並べる。□白い体と同化するような、白い花。□それに包まれてみれば、傷跡などない様に見える。
「ジャスティス様・・・もう少しお待ち下さい」
□少女はそういって、動くことのない影・かつて最恐のギアと恐れられたジャスティスの遺体へと手を伸ばす。□あるギアに敗れ、死したジャスティスの遺体がそこにあった。
「もうすぐで人が滅びます」
□部屋に響く少女の声は、すぐに吸い込まれるように消えていく。
「貴方を、私を、ギアを・・・利用することしか考えない、愚かな人は滅びます」
□いえ、と少女は一度言葉を切ると、ゆるゆると首を振る。□黄色いリボンで括られた青い髪がふわりと広がった。
「滅ぼします」
□窓から吹き込んだ強い風が、花を舞い上げ、少女と影の髪を揺らした。□ジャスティスの頬をやんわりと撫でていた少女の手がゆっくりと離れ、立ち上がった少女は、ジャスティスの刻印へと唇を寄せ、触れた瞬間、弾かれるように身を翻す。
「行くぞ・・・!」
「はッ!」
□部屋の片隅の黒い影の中に控えていた人型ギア、テスタメントはゆらりと姿を現した。□部屋を出て行く少女の後をついていく。□少女の細い体を包んでいた黒いドレスが形を変え、そして少女の顔は険しい。
「人が・・・・此処に気付いたようです」
「私も出ます」
「しかし・・・こちらの戦力を考えれば貴方自ら・・・」
「念には念を・・・それに私が出ればギアが悪戯に殺されることもありません・・・何より人間を此処に近づけ、汚されることがあってはなりません」
□そういう少女は足を止めて、もう出た部屋へと一度振り返る。□此処から見えるはずのないジャスティスをはっきりと見据え、ふわりと微笑む姿は美しい。□が、危うい・とテスタメントの目には見えた。
「ご安心下さい、決して此処を、貴方を、また踏みにじらせるようなことはさせません」
□ディズィーは一言、声には出さずに何かをいうと、また廊下を歩き出した。