「うぅっ・・・・」
すすり泣く声はすぐ頭上に迫る空に吸い込まれる。火傷の痕が残る指で顔を覆い、細い肩を震わせながら、少女は一人泣いている。 泣いているのは教会の尖塔の屋根の上、強い風が吹き、バランスを崩しかけた少女は慌てて屋根に手をついた。泣きはらした顔が夕日に照らされる。
風が弱まり、少女はゆるゆるとした動きで白い膝を抱えた。未だに零れる涙は留まることを知らないようで、頬を濡らし続ける。 不意に少女の肩に吹きつけていた風が遮られた。
「!・・・・」
隣を見上げた少女は、驚いて目を見開いたが、慌てて俯くと涙を拭った。現れた白い影は吹く風に赤い髪が靡くのをそのままに、そこに立っていた。空を舐めるように燃える炎かと見まごう赤い髪は、夕日に照らされてその色を更に鮮やかにする。白い体が赤く照らされたのが一瞬返り血のように見え、少女が微かな寒気に頭を振った。
影は何もいわずに屋根の縁から足を下ろし隣に座る。何をいうでもなく隣にいるだけの影に、少女は影の顔をちらりと覗き見た。影はその視線に気付いて少女の方へと向くが、少女は慌てて視線を逸らす。
少女は立ち上がると、影と同じように縁に座ると、影に寄り添った。影が尻尾で頭を何度か撫でていると、治まっていた涙がまた零れ始めた。うぅ・と声を押し殺す少女に、影は肩を抱くだけ。肩をやんわりと抱きしめる手に、少女は泣き声を上げて影に抱きついた。

泣き疲れて眠った少女を抱き上げ、影は屋根を蹴った。

「あぁ良かったぁ、心配してたんだよ!」
そういって眉を八の字に寄せた少女は、ジャスティスに抱きかかえられて眠っているディズィーの顔を覗き込んだ。泣いた所為で目元が赤く腫れているのが判る。ギュウとジャスティスの髪を掴んで、体をピタリと寄せているのは甘えているようにも見える。
「すぐ探したんだけどぜんぜん見つからなくて・・・森にもいなかったし」
何処に?と聞く少女に、ジャスティスは街の中央にある教会を指差した。一番高い尖塔、それを見たメイの表情に苦笑いが浮かぶ。
「また新しい隠れ場所見つけちゃったんだぁ・・・尖塔の上じゃ簡単には迎えにいけないよぅ」
多くの人が立てるようなスペースすらない尖塔の屋根、小型の飛空艇といえど近付くことすら一苦労だろう。口ぶりからすると、ディズィーは何度かどこかに隠れては一人で泣いているらしい。
「理由を聞いて良いか?」
「え?理由?・・・ディズィーが泣いてた理由なら、また失敗しちゃったからだと思うよ?」
「失敗?」
「今日の料理当番だったんだけど、お鍋が噴いたのにびっくりしちゃったらしくて、慌てたウンディーネがコンロごと凍らせちゃって。ディズィーも焦っちゃったみたいで、鍋に蓋しようとしたりするから火傷しちゃって。それでネクロが暴れて食器棚がいくつか倒壊・・・」
徐々にいい難そうに言葉がのろのろとしていくメイ。ギアである為、ディズィーの指先の火傷はもう殆ど痕も残っていない。が、恐らく台所の惨状はそのままなのだろう。それを聞いたジャスティスは重い口調で、
「・・・この子が世話をかける」
「ディズィーは私達の家族だもん!気にしてないよ、最初から家事得意な人なんていないし、皆ディズィーが手当もしないで出ていっちゃったから心配してただけだし」
満面の笑みで浮かべる日本人の少女に、ジャスティスはそうか・とだけいうと、甲板の上にあったデッキチェアの一つにディズィーを寝かせた。
「もう帰るの?ディズィーが起きるまで待ったりは―――」
「しない」
そう短く答えると、ジャスティスは声をかける暇も与えずに転移した。
法力の残滓が完全に風に消えた時、ディズィーは長い睫毛を振るわせた。ぼんやりと目を開けた後、慌てて起き上がって辺りを見渡し、探している人の姿がないことを知ると、肩を落とした。
「お帰りディズィー」
「ただいま・・・メイさん、その・・・台所、すいませんでした」

□後書き
優しいジャスティスが書きたかった、ディズィーにだけ優しいジャスティスが書きたかった!!!