「あああああああああああああああああああああああああああああああ!」
びっ・と指差した先には白い巨体。背中を覆う紅い髪を指差し、ヴィーは悲痛な声を上げた。頭を抱えると、蹲って啜り泣きまで始めた。更にはありえねぇ・だとか、嘘だ・とか小さな声でぶちぶちといい続ける。
流石に痺れを切らしたのか、指差された当人であるギアの頭領たるジャスティスはヴィーを振り返ると、
「なんだ?」
と、聞いてやった。ヴィーは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を隠しもせず、ジャスティスの顔を見上げると、
「ジャスティス・・・・髪が・・・焦げてる、焼き切られてるぅ・・・・」
そういってまたさめざめと泣き始めた。それを聞いたジャスティスは振り返ろうとしたが、それが簡単ではないことを思い出すと、面倒だ・と呻きながら、傍で呆れた顔でヴィーを見ていたテスタメントを呼んだ。
「テスタメント、見てくれるか?」
はい・とジャスティスの言葉に頷いたテスタメントは、ジャスティスの背後に回ると、ヴィーがいっていた焼き切れた箇所を見つける。毛先に近い下の方で、焦げたりして歪んだ髪は普段の鮮やかな色ではなく黒ずんだもの、確かに髪に傷がついている。ジャスティスに見えるようにと砲門と頭の間から髪を前に零す。ジャスティスは切れたところをつまらなそうに摘まむと、それをあっさりと切ってしまった。一部分だけ短いのが少し目立つ。
「ジャスティスの髪は鮮やかな色ですね」
無事な髪を掬ってみると、細い髪はさらさらと指を滑る。ジャスティスの法力場で炎のように揺れるのをよく見たが・とテスタメントが見惚れていると、不意に掌から髪が零れ、追うまもなく髪が離れた。ジャスティスがテスタメントを振り返ったのだ。顔に浮かぶのは、お前まで何を馬鹿なことをいっている・というもの。其処で漸くテスタメントは、口を滑らせたのだと気付いたが、
「ジャスティスの髪チョー綺麗なのは皆知ってるから良いじゃーん」
ごっす・という音と共に、テスタメントは後頭部から受けた何かの衝撃で地面に伏した。テスタメントの頭の上に立ったヴィーは、潰れたテスタメントを少し驚いた様子で見下ろしているジャスティスに、
「それさー、さっきの聖騎士団の連中がやったんだよね?」
「ん?・・・気付いたらなっていたからな、はっきりとは判らないが戦闘でなったのだろうし、その可能性が高い」
テスタメントからヴィーに視線を移したジャスティスに、ヴィーは見つめられちゃった・と体を捩って―足元のテスタメントを踏みにじった様にも見えたが―喜びながら、
「逃げ帰った奴らそろそろ本部着いたかな。んじゃ、ちょっと聖騎士団本部にいって壊滅させてきて良い?」
「馬鹿なことをいうな!」
ジャスティスが口を開く前に、ヴィーの足元にいたテスタメントはぐい・と体を起こすと、ヴィーはバランスを崩して転びそうになりながらも、テスタメントの上から降りた。テスタメントは顔の土を払いながら、
「出来もしないことをいうな!大体なんでそういう話になるんだ!」
「大丈夫、今の俺のテンションだと行ける。つかしないとやっぱだめだって、ジャスティスに傷つけるような奴は全部消しちゃわないと」
「お前一人で、などと到底無理だ!どうしても行くというなら私もついて行くぞ」
「はぁ?またお前勝手に保護者風ふかすのかよ!まじうぜぇ!!」
うぜぇバーカ・と繰り返して舌を出すヴィーに、テスタメントは額に青筋を浮かべた。持っていた木の棒を振るうと、血のような赤い刃が出てきて巨大な大鎌になる。その柄を硬く握り締め、
「私より年長というのならその態度を改めろ!」
叱責の言葉と共に力一杯振りぬかれた大鎌をヴィーは軽やかに飛んで避ける。しかしそれを読んでいたように、テスタメントの肩からカラスが飛び立ち、ヴィーめがけて突っ込んだ。空中で躱せないヴィーはそれを右手で掴むと、着地と同時に地面に叩きつけた。短い悲鳴を上げたカラスはよろよろと体を起こすと、ふわりと飛び上がってテスタメントの肩に戻る。
「痛ッ―――!」
カラスの嘴が割いたのか、掌をざっくりと切られたヴィーは顔を顰めた。傷口に舌を押し付けてべろりと舐めるヴィーに、
「汚い」
「唾液は消毒効果があるんだよ、口内の傷の治りがいいの知ってるか馬鹿野郎。大体怪我したのお前のカラスの所為じゃねぇか」
「女のくせにその言葉遣いはどうにかならないのか」
「うーざー。良いじゃん別に!元は女だったとしても今の俺そんなの関係ねぇしー。生殖能力ねぇし」
あほくさ・といいながらヴィーは地面を蹴ると飛び上がり、テスタメントの頭めがけて踵を振り下ろした。テスタメントはそれを後ろに下がって躱すと、法術を発動させる。着地したばかりのヴィーの背後から現れたのは、地面を泳ぐように進む頭だけの生物らしきもの。噛み付こうと大口を開けて進むそれに、ヴィーは一瞬慌てたが、ひゅうん・と風を切る音と共に左手を振ると、魔法生物の頭は水風船のように弾けた。だが、意識がテスタメントからそれたその一瞬に距離を詰め、テスタメントは力一杯鎌を振りぬいた。
「ッあ!」
体を打とうとした刃を直接掴んで止めようとしたヴィーだったが、それは液体のように指の間をすり抜けて、しかし強く体を打った。その勢いで、小さなヴィーの体は地面の上を数度跳ねる。見かけ通りのただの鎌ではないと判っていたが、
「痛ぇじゃねぇか」
むー・と唇を尖らせていうヴィーだったが、見た限りではたいしたダメージはないようで、軽く服を叩いただけだった。テスタメントとしても、切りつけるつもりはなく、打った瞬間刃をなくしてはいたが、それでも力一杯叩きはしたのだ。痛いなどと口ばかり・と内心歯噛みしていると、
「殴られてばっかじゃ割りにあわねぇな」
そういって右手に握りこぶしを作ると、開いていた距離を一瞬で詰めて、テスタメントの頬を殴り飛ばした。あっさりと転んだテスタメントを睨みながらふん・と鼻で笑い、
「お前なんかがついて来たらむしろ足手まといだっつーの」
そういってもう一度舌を出したヴィーの視界の端にゆらりと炎が過ぎった、正しくは炎のような赤い髪。ヴィーが反応するよりも先に、大きな手で頭を掴まれると地面に押さえつけられた。
「ジャスティス!?」
「テスタメント・・・・貴様も一緒になって何をやっている・・・」
「ッ・・・申し訳ありません」
「ジャスティス!痛い、痛いってば!頭がね、ミシミシいってんの。これ以上やられると多分潰れちゃうんだけど・・・って痛い・・痛いって!」
涙を滲ませてそう叫ぶヴィーに、ジャスティスは体を屈めてヴィーの頭の上から、静かな声で囁く。
「髪だ何だと兵器が気にする必要があることか?」
「痛いー!ごめんなさい、ごめんなさい!勝手なことなるべくいわないから!」
なるべく?と聞き返すジャスティスに、ヴィーはうんと頷く。絶対といわないところがヴィーらしくはあるのだが、本当に反省しているのかは疑わしい。ジャスティスの言葉にも答えていない。
「ちょっとちょっと!ジャスティス先刻より力入れて・・・・ぎゃああああああああああああああ!出る・・出る!」
「ギアならばもうちょっと持つだろう」
「無理無理無理無理無理!もうホント潰れてるんだってば、きっと今の俺の頭横から見たら楕円だよ?」
「大丈夫だ、もともと頭は完全な円ではない」
「いやいやいや!そういうことをいってるんじゃないから!」
「それだけ喋れれば何とかなるだろう」
事実確かに痛いといってはいるが、取り立てて暴れはしないでジャスティスの手の下、ヴィーは静かにしていた。押さえつける力を少し緩めたジャスティスは、
「私はお前に聖騎士団本部に行くことは許可しない、判ったな?」
「はーい・・・」
未だに押さえられたままだというのに、不満げな顔を隠そうともせずにそう返事をするヴィー。それを呆然と見ていたテスタメントだったが、
「ジャスティス・・・・その、髪を整えてはいかがですか?そこだけ短いのは・・少し目立ちますし」
「お前までそんなことを気にするのか?下らん・・・・」
ジャスティスが乱暴に切った髪は、傷ついていたところ以外にも及んでいて、決して少なくない量だ。確かに一箇所だけ真っ直ぐ切りそろえられたそれは少し目立ったが、ジャスティス本人もその周りにも、気にするものなどいないはずだった。が、
「私がやりますから」
「・・・・テスタメント」
「気になるんです」
「お前が気にする必要のあることか?」
ジャスティスの少し呆れたような声に、テスタメントは出過ぎた真似を・と頭を下げたが、その顔は諦めてはいない。ヴィーも未だに髪にじっと視線を注ぎ、溜め息を零している。
ジャスティスにはそんなことを気にする理由が全く判らなかったが、二人がかりはあまりにうっとおしい。いい加減にしろ・と怒鳴ろうかとも思ったが、他愛ないことで事を荒立てるのも馬鹿らしい。ただ自分が折れればすぐ済む話か・と諦めて、
「勝手にしろ」
と、呻くようにいった。
□後書き
これを書きたいがためにテスタメントの性格が几帳面・云々とかいったわけですよ、樽。馬鹿ですいません。
ジャスティスの髪はゆらゆらと揺れていて、法力か何かの作用なのかなー?とは思っていたのですが、風もないのに揺れるってことは、結構細くて軽い、柔らかい髪なのかなァ・・・・と。だったら良いな・というだけの話なんですが。
ジャスティスの髪が切れたりしたら、俺も凹む。