「たったかたー」
とったかたー・と繰り返し、小さな影が瓦礫の上を跳ねる。昨日ギアの襲撃を受けて壊滅した街だった場所。軍隊は住民の救助よりもギア討伐を優先した為、侵攻してきたギアもろとも街を焼き払った。逃げ遅れた住民の遺体がそこここに転がっているが、その軍隊もすでにギアに滅ぼされた。
「たったかたー」
小さな影は足元に転がる遺体を小石ほどにも歯牙にかけず裸足で、時に踏みにじり、時に蹴り飛ばして街の中心部を目指していた。といっても、わざとそうしているわけではない。足元など見ずに進んでいるのだ、着地した場所に、下ろした足の下に、たまたま遺体があっただけ。その様子を後ろから見ていた青年は、深い皺を眉間に刻んで渋面を作った。
小さな影、十歳ほどの人間の子供は臭気に顔を歪めることもなく、大型のギアが数体屯している街の中心に辿り着いた。
「たーだいまー」
栄養が足りていないような痩せた手を上げそういった子供に、その場にいたギアの視線が集まる。だが、その子供は物怖じした様子も見せずに更にその集団の中心へと歩いた。
「あんねー、軍隊の残党処理終わったー」
中心に佇んでいた白い影、子供の言葉に振り返ると、燃え盛る炎のような赤い髪がふわりと広がる。法力によって微かに浮いた足元では、ぱりぱりと音を立てて雷が走る。自分の腰の高さに届くか届かないか程度のその子供を見下ろし、
「ご苦労」
と、言葉をかけた。途端に子供は嬉しそうに顔を崩した。
「えへへー」
周りをギアに囲まれたというばかりか、ギアの頭領を前にしても態度を変えることはない。子供の姿に見えたとしても、それはその子供が人ではないことを告げていた。
「ジャスティス」
ジャスティスと呼ばれた白い影を少年の背後から呼ぶ声。ジャスティスは何だ?と答えると、声をかけた黒衣に身を包んだ、長くカラスの濡れ羽のような黒髪の青年は、持っていた棒切れで地面を軽く打った。
「ジャスティス、今戻りました・・・聖騎士団がこちらに向かっています」
「ご苦労だった。相変わらず後手に回るだけのくせに、さらにこうまで遅いとは・・・・人の楯となりえているのか」
「この国は自国の軍だけでギア掃討は事足りると、救援要請をしなかったようです」
「面子・・・というやつか?」
下らん・と言外に含ませ、ジャスティスは青年に目を向けた。ジャスティスの視線を受けて、青年は微かに肩を震わせたが、ぐっと息を飲むと胸を張る。ジャスティスとしては威圧しようとしたつもりはなく、
「人だった貴様なら理解できるかといってみただけだ」
そう身構えるな・と息一つと一緒に零すと、
「俺は判んねー」
ジャスティスの後ろからひょいと青年を覗き込み、子供はけらけら笑いながらそういった。ジャスティスの足に身を寄せる子供に、ジャスティスは尻尾をゆらりと動かして、子供の額を軽く小突く。離れろ・という意思表示だったが、子供はきょとんとした顔をして、ややあって顔を綻ばせ、
「ジャスティスに触られちゃったー」
「それすら喜ぶのかお前は・・・・変わった奴だ」
ジャスティスのいわんとしたことは理解していたらしく、子供はジャスティスから体を離すと、青年の方を向き、
「テスタメント、聖騎士団ってあとどれ位で着くんだ?飛空艇が降りる場所見当ついてるんだろ?」
子供の言葉に、テスタメントと呼ばれた青年は微かに眉を寄せたが、
「軍の飛空艇を一隻沈めた時に救難信号を送っているのを聞きました、あと数刻も立たずに来ると思います。残党処理をした場所が飛空艇がつくにも適した場所と思いますが・・・」
ふぅん・と呟く子供に、
「・・・・一人で行くつもりか?」
「だめ?」
甘ったれた声でジャスティスを見上げる子供に、ジャスティスは何もいわずに見下ろしていたが、良いだろう・というと、
「お前は近接に特化した個体だ、支援としてテスタメント・・貴様も行け」
はい・と恭しく傅くテスタメント。ジャスティスの言葉に、子供は小さくげ・と呻いたが、ん?と首を傾げるジャスティスになんでもないよ・と首を振ると、
「ジャスティスはもうプラント帰って良いよ、この街焼いた時点で目的達成してるし、聖騎士団なんておまけじゃん?ジャスティス此処に来たの街ぶっ壊した後だから、此処にいること知られてねぇと思うし」
「それを判断するのは貴様ではない、それに聖騎士団を砕くことは人の心を砕くことだ。希望が脆くも消え去れば、人の滅びは加速する・・・・打ち倒すならば完膚なきまでにせねば、な」
「ジャスティスが聖騎士団を軽く捻れるのは判ってるよ、でも・・・・ジャスティスがいないギアの集団にすら敗走すれば、人は希望を持てなくなると思うなー」
にこぉ・と笑いながら子供がそういうと、
「お前は私を戦場から遠ざけたがる・・・・まぁ良い・・・やってみろ」
「あーい、人類完殺の一歩と頑張りまーす」
ピシッと手を上げて返事をした子供に、ジャスティスは尻尾でまたその額を小突く。子供は何故そうされたのか判らなかったのか小さく首を傾げたが、
「ギアの個体数は依然少ない、無茶はするな」
良いな・と念を押すようにいったが、呆けた子供にそれが届いているのか疑わしく、ジャスティスは屈んで子供の目を覗き込むと、子供はびくりと体を震わせた。
「どうした?」
不思議そうに首を傾げるジャスティスに、子供は小さな手で痩せた頬を隠すと、きゃああ!と身を捩った。予想外の反応にジャスティスは子供の様子を注視していると、子供は顔を赤くしてジャスティスの顔を見上げ、
「・・・・俺今日まで壊れないでついて来れて良かったぁ」
「?そうか?お前という戦力が欠けなかったことは喜ばしいな」
子供の言葉にそういうジャスティス。
「人は感情で能力を左右される、良くも悪くも・・な。侮るな」
「聖騎士団が一番法力使うのが上手くて厄介だからね、油断なんかしないよ」
いってきます・と笑顔で手を振り掛けだした子供の背を追い、テスタメントも行こうとしたが、ふと足を止めてジャスティスへと振り返り、ぺこりと頭を下げた。
「いってまいります」
ジャスティスは数体のギアについていくように指示をすると、残りのギアを引き連れて一番近い拠点へと引き上げた。

「テスタメントついてこないで良いから、後ろのギアお守りよろ〜」
「そういうわけには行かない」
「だって俺、別行動のが動きやすいもん」
「私はジャスティスから指示されている」
「うざ・・・・年下のくせに」
半眼で睨む子供に、テスタメントはぐっ・と言葉を詰まらせた。見た目でいえば明らかにテスタメントの方が年上なはずなのだが、テスタメントは数年前に人の手によってギアに変えられたばかり。
「俺は初期のギアだぞ?」
ギアが兵器としてその価値を認められ、各国がこぞって作り始めた聖戦が始まる前の試作機の一つとしてギアとなったのが、このヴィーと呼ばれるギアだ。子供の時にギアとなってもそのあと成長するのが大概の場合なのだが、ヴィーは十歳の外見年齢のままに留まっている。
「ヴィー、言葉遣いが乱れている」
「マジ萎える、ジャスティスに呼ばれるとすげー嬉しいのに何で他の奴じゃだめなんだろ。つか、呼び捨てするな」
時に見せる子供のような喋り方や所作は意図してしている、自分の外見が与える印象を理解した上で、だ。聖戦が始まって数十年経ち、それだけ歳を経ているのだから純粋に子供ではあるはずがない。
ポリポリと自分の頬を掻きながらヴィーは後ろからついてくる大型ギアに目を向けた。それぞれ素体が違うのか微妙に形は違うのだが、一体はどうやら砲台のような能力を有しているらしい。つまりは法力による支援系だ。もう一体は自分のように近接なのだろう、強固そうな装甲を持っている。対法力による攻撃用の防御法術はギアは標準装備だ、少しは楯として使っても申し分ないだろう。聖騎士団の部隊がどれほどかによるが、彼らの戦法はチーム戦だ。テスタメントとあとの二体が前線で掻き回している所を後ろから自分が混乱させれば、数の問題も多少は楽になるだろう・と考えて、
「効率考えて別行動な、お前は俺の支援じゃなくて後ろの奴のしてろ」
そういうと、ひょこ・と爪先立ちをした。そして骨が軋むような音を立てて足が形を変え、四足の獣のような形に変わると、地面を蹴り跳ぶように駆け出・・・そうとして、テスタメントに服の端を掴まれ、思い切り首が絞まった。うぇ・と悲鳴を上げたヴィーを見下ろしながら、決して手は離さず、
「ジャスティスの命令を受けている以上、聞けないな」
「やーだー、こんな保護者面したじじむさいのと一緒に行きたくねぇ!ジャスティスの意地悪ー!」
「じじむさッ・・・・!先刻私を年下といったのはお前ではないのか」
「うるせぇな・・・・手を離せッつーの。第一効率ってちゃんといったろ?好き嫌いとか我が侭だけでいったりしないっつーの、お前撹乱得意なんだからさー」
「聞けんな、お前の単独行動を止める為にジャスティスは私をつけたのだ」
「ジャスティスそんなことしないもーん!効率落ちるの判っててそんなことするわけじゃん、人類完殺の回り道をしたりしない」
「子供なのは外見だけにしろ!」
手を離そうとしないテスタメントに業を煮やしたヴィーは、掴まれた上着を止めていた金具を指で弾いて外すと、するりと抜け出した。
「ばーか」
「待て!」
「お前の足じゃ追いつけねぇよ!」
そういうが早いかぐんと地面を蹴るとすぐにその背は小さくなった。その背を見送ったテスタメントはヴィーの上着を畳んでそばの瓦礫の上に置くと、ギアを連れて歩き始めた。
□後書き
聖戦のイメージが変ですか?変ですね、樽もそう思います。