「私は眠る」
□ジャスティスの宣言に、その場に居合わせたギアは皆、思い思いにしていた食事やら毛づくろいを止め、ジャスティスの次の言葉を待ちながら、その視線をジャスティスに集中させた。
□世界最大の大陸を東から西へと横断している最中、夜も更けて移動を一時止めて休んでいた時だった。
「お前達は今まで通り西に進んでいけば良い、私も起き次第すぐ合流する」
「誰がジャスティスの護衛すんの?眠るって宣言するって事は結構長いってことだよね」
□判ったと口々にいうギアの中、ヴィーが痩せた腕をはい・と上げた。□ヴィーの問いにジャスティスは首を横に振り、
「要らん」
「そんな!もし其処を襲われたりしたらどうするの?」
「返り討ちにするだけだ」
「でもでも!ちょっとだってジャスティスに傷がつくことがあったりしたら・・」
「それは私が人間に遅れをとる・・・といいたいのか?」
□ひたりとヴィーを見据え、低い声でいわれた言葉に、ヴィーはびくりと肩を震わせた。□だって・・・・と呻き、
「この前ジャスティスの髪が切られた時、俺すっげー悔しかったもん!」
「髪など・・・・また伸びる。現にもう揃っているではないか」
□そういって髪を一房掬い、ヴィーの目の前で掌から零して見せた。□さらさらと零れる赤い髪を惚けた目で見ていたヴィーだったが、
「こんなくだらないことを気にしたのはお前くらいだったがな」
□全く・と呆れたように呻いたジャスティスに、ヴィーはうぅ・と押し黙った。□が、すぐに俯きかけた顔を上げて、
「テスタメントだって髪が揃ってないから・とかいってたじゃん!まぁ、結構綺麗に揃えられてたからいうだけはあったのかな・って思ったけど」
「あれも別の意味で下らない・・・・」
□思い出してやれやれ・と溜め息をついたジャスティスに、傍に控えていたテスタメントはうぅ・と小さく呻いて俯いた。□ゆらゆらと尻尾を揺らしていたジャスティスは、一度強く地面を叩くと、
「護衛をつけるといえば、今度は自分が護衛をしたいといい出すのではないだろうな?」
□どうだ?と首を傾げるジャスティスに、ヴィーはぐっ・と言葉を詰まらせた。□が、一度下に向けた顔をまた上げた時、その顔はにこやかだった。
「・・・・大好きなジャスティスの傍に一秒でも長くいたいという俺の気持ち・・・判ってくれてるんだね!」
「前向きだなその考え方・・・・」
□ジャスティスに抱きつこうとしたところ、額を尻尾の先で強打され、ヴィーはもんどりうって転げ回っていた。□その姿を見ながら、テスタメントは呆れ顔でポツリと零すと溜め息をつく。□それを聞きつけたヴィーは未だに額を押さえたままだったが、
「てめぇ・・・今俺のこと馬鹿にしたろ」
「その前向きさはむしろ褒めて良いと思う」
□ジャスティスに何度怒られようとも、距離をとるジャスティスに近付いていこうとし、呆れられようとも、道化を甘んじるかのようなその言動。□見かけはあくまで見かけでしかない。
「なんかいい方が上からでむかつくな」
「そんなつもりはない、考えすぎだ」
□自分に絡みだしたヴィーにそういって、テスタメントは肩を竦めて見せた。□テスタメントの肩に止まっていたカラスがぎゃあ・と一声鳴く。□テスタメントはカラスの頭を撫でながら、
「ヴィーがいればジャスティスがいなくとも、何かあった時咄嗟に判断できるだろう。今此処にいるギアの殆どは思考をジャスティスに預けている」
「んなこたぁー判ってる!でも俺じゃなくても良いじゃん!テスタメントだっているんだし、他にも半自立思考のギアいるじゃん!俺ジャスティスと一緒が良いよー」
「我が侭いうな」
□どすっ・という音と共にまたヴィーの額をジャスティスの尻尾が強く突いた。□ヴィーは痛みに涙を滲ませながら、
「ギアじゃなかったらでこに穴開くよ!」
□ヴィーの言葉にジャスティスはギアでよかっただろう・というと、赤い額を更に指で弾いて、
「お前のいう通り護衛はつけてやるから、お前は西に向かうんだ。良いな・・・!」
「護衛って誰・・・・」
□命令として発せられたジャスティスの言葉に、ヴィーは逆らえずにしぶしぶ頷くが、食い下がるようにそう訊ねた。
「多くを私に割くつもりはない、テスタメント・・お前がつけ」
「かしこまりました」
□ジャスティスの言葉にヴィーが悲鳴を上げるより先に、テスタメントはそう返事をすると深々と頭を下げた。
「ジャスティスの寝首かこうとしたら殺す・・・・ジャスティスもテスタメントに寝込み襲われない様に気をつけてね」
□悔しそうにテスタメントを睨みながらヴィーは絞り出すような声でそういうと、すぐにジャスティスへと向き直り、心配そうにいった。
「するわけないだろう、そんなこと!」
□テスタメントが声を荒げたが、それを一瞥しただけで、それは名残惜しそうにジャスティスの顔を見上げ、
「とりあえずジャスティスが寝てるだろう一週間、ジャスティスと離れてるの辛いから、この前の髪の毛ジャスティスだと思って大事にするね」
そういって懐から出した小さな守り袋のようなものを自分の顔の前に掲げるヴィー、いつの間に取っていたんだ・とテスタメントが驚いていると、ジャスティスはまた呆れたように溜め息をつきながら、
「勝手にしろ、西に向かう間何をすべきか理解しているのだろうな」
「人類完殺こそ我が使命ー」
□細い手を天に伸ばしてそう返事をしたヴィーによし・とジャスティスは一つ頷いた。
□その様子を見ながら、だいぶまともに相手することを放棄しているんだな・とテスタメントは思った。