「ウェルカ〜ム。ソル=バッドガイ君」
 どこか芝居がかったような声音が薄暗い中で響いた。 残滓のように反響する中、ソルは声がしたと思しき方を睨み付ける。 声がするまでは気配など感じられなかった。
「・・・・誰だ、テメェ」
 明り取りの窓から光が広い玄関ホールの中に入り外ほどとはいわないが明るい、三階近い高さまで吹き抜けになったこの場所には、二階へと繋ぐ大きな階段があった。 声の主がいたのはまさにそこ。 だが、光は真下に向かってだけ伸びるのか、奥へと続くだろう男の背後は完全に闇に飲まれている。
 低くドスの聞いたソルの声を受けても、男は飄々とした態度を崩さない。
「僕はクロウ。この支部を任されている。支部長、ってヤツだねェ」
 何がおかしいのかは分からないが、終始顔には嫌な笑みを貼り付け、その目は悪戯を思いついた子供のような色をしている。 だが、子供のそれにしては悪意に満ちている。 男の一人芝居は続くようで、わざとらしく首を傾げると、
「ところで・・・・此処には何の御用かな?」
「気に入らねェ」
 ソルの簡潔な言葉に、男は一瞬きょとんとした顔をした。 予想していた言葉とは違ったらしいが、すぐにまたあの嫌な笑みを張り付かせると、
「ほっほーう?わざわざ?それを伝えに?」
 およそ戦うこととは縁のなさそうな細い腕を振り回している姿は道化師のそれにも似て、だが完全にこちらを馬鹿にした態度は、ますますソルをイラつかせた。 それを見越して、の態度なのだろうが。 友人が多いタイプには見えないが、類は友を呼ぶともいう。 それは気味の悪い交友関係を持っていそうだった。
「それはそれは。貴重なご意見をありがとう。忘れないようにメモしとこう。」
 遠いところから来てまでありがとう・と大げさに頭を下げると、男の背後から誰かが本当に紙とペンを渡し、男はさらさらと紙面にペンを走らせる。 渡した影は光の中には入ってこないで、男の後ろに控えていた。 ソルが目を凝らそうとした時、男は後ろの影に振り向きもしないで紙とペンをつき返すと、後ろに下がれというように手を振った。 影は更に奥へと下がり、角度の所為でソルの視界から消える。
「人を食った野郎だ・・・・潰されてみねェと分からねぇか?」
 ぎらりと射るように睨み付け、封炎剣を持つ手に力を込め、一歩踏み出したソルに、男は君ねェ・と呆れた溜め息をついた。 もうちょっと引っ張れば良い舞台になったのに、やれやれ本当に気が短いな・という文句がしっかりとソルの耳に入る。 ソルの額に青筋が浮かんだのだが、生憎ヘッドギアの所為で、目つきが更に険しくなったことすら相手は気付いていないようだった。
「そう焦るなよ。せっかちだな、キミは。いいモノをお目に掛けよう」
 そういってひょろりと不健康そうな細さの腕を上に上げると、指でぱちんと良い音を鳴らし、声高に叫んだ。
「ジャァスティィス!」
 ぉん・と微かな音と共に、額の刻印がぼんやりと光を放つ。 男の声に暗闇から現れたその白い巨体は、見紛うことの出来るものではなかった。
「・・・・・!」
 いるはずのないものの出現に、ソルは驚きを隠せなかった。 そしてその表情に男は嬉々とした様子で、
「まだ試作段階なんだがねェ。かなりオリジナルに肉薄できたと自負しているよ」
 かなり・にやや力を込めていう辺り、相当自信があるのだろう。 だが、男の言葉にソルの表情から驚きはすぐに消え去り、違うものが浮かんだ。 持っていた封炎剣から発火しないのが不思議なほど熱が立ち上り、陽炎のように辺りが揺らぐ。
「ウゼェ真似しやがる・・・・・」
 ソルの短い言葉に、男はそれだけ?と首を傾げて少しつまらなそうな顔をしたが、まぁ良いか・と薄い笑いを唇に登らせ、
「オリジナルを倒した君との戦闘データを得られるとはねェ・・・・実にルゥァッキィ!だ」
 男の言葉の端々に科学者としての自信が窺える、この男がライバル(といって良いのか定かではないが意識はしているのだろう)のはギアメーカー。 あの男が作った最高傑作といわれる人類最凶の敵を自分でも作り上げることが出来るのだ・と暗にいいたいのだろう。 だが、満足することはなく、常に更に高みを目指してもいるようだ。
 だが、そんなことはソルにとってはどうでも良いことだった。 看過出来ない目の前のものを破壊しなければならない、それだけ。
 不意に男は手を伸ばすと、ジャスティスの長い髪を乱暴に引っ張った。 引っ張られたジャスティスはよろりと体を傾げたが、それに逆らわずに無理な姿勢で体を屈める。 何のつもりだ・と訝しむソルを余所に、
「跪け」
「!」
 男の短い命令に、ジャスティスはすとんと膝をつくと、男はその頭を掴み、床へと押し付けた。 硬い石の床に勢いよくぶつかり、ガツンという音が響く。 為されるがままのジャスティスに、男は満足そうな顔をして、自分を睨み続けるソルに笑顔を向ける。
「これぞまさにギアのあるべき姿・って思わないかな」
 くっくっく・と咽喉を鳴らして笑う男に、ソルは渋面を作った。 男の同意を求める言葉に何も返事をせずにいたが、男としてもそれは端から期待してはいなかったらしく、
「ギアは兵器だ、人に使われてこその・ね。それが意思を持ち、人に噛み付くなんて犬じゃあるまいし、ナンセンスだ」
 だろう?と首を傾げ、男は今一度ジャスティスの髪を引っ張り上げた。 ぎらりと睨むソルを見て、
「随分怒っているようだけど、自分が壊したものだよね?他の誰かが乱暴に扱うの見るのは嫌なわけ?君も存外性格が悪いねェ」
 意外そうにいった男だったが、その言葉にソルは心底嫌そうな顔をした。 貴様に性格が悪いなどといわれたくない・というのを顔にありありと浮かべたまま黙すソルに、
「でもこれは僕が創ったものだからねー、どう扱おうと僕の自由。君にとやかくいわれたくないなァ」
 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた男は、ジャスティス・と名前を呼び冷たく白い頬に指を這わせながら、
「あの男を殺せ」
 はい・と返事をしたジャスティスに、男は満足そうに頷くと、ほら・と髪から手を離した。 ゆらりと立ち上がったジャスティスの目に微かな光が点る。
「ターゲット確認。モード変換。殲滅開始」
 淡々とした口調は人形じみて、その目もぼんやりと向けられているだけで、ソルを見ているわけではなく、目の前の“敵”を見ている。 階段の上からソルの前へと降り立つと、その巨大な法力に飲まれ、一瞬息をすることを忘れる。 それでも、姿形に声・そしてその力が同じであっても、決して同じなどではない。
「潰す・・・・・!」
 ジャスティス越しに男を睨みつけ、ソルは低くそう吐き出した。


「成程・・・・成程ねェ。ま、試作機としては上出来か」
 階段の下まで降りてきた男は、動けなくなったジャスティスのそばまで来ると、ふむふむ・と一人納得したように頷いた。
「・・・・・そりゃ良かったな。ついでにお前も潰れろ」
 そういったソルが一歩男に向けて踏み出した瞬間、どこかで爆発音がして建物が揺れた。
「・・・・!?」
 警戒して足を止めたソルを尻目に、男は起きろ・とジャスティスを爪先で蹴ると、ジャスティスはよろよろと起き上がった。 男の体を抱き上げると、階段を駆け上る。
「大丈夫。ノープロブレム。君の手を煩わせはしない。この支部は・・・・破棄する」
 追いすがろうとしたソルの目の前に、天井の窓ガラスが雨のように降り注いだ。 ソルは急いでその場から離れるが、男は階段の奥へと消えようとしていた。 そして階段は中ほどから粉塵を巻き上げて瓦解し、追うことが出来なくなる。
「チッ!」
「また会おう、ミスターバッドガイ。もう少し楽しんで頂けるようこちらも努力するよ・・・・」
 そういってまた芝居がかった様子で手を振る男はフフフ・と笑い、ジャスティスの髪を引っ張った。 お客様のお帰りだ、手を振って差し上げろ・というと、ジャスティスは言葉通り従ってソルに向けて一度横に薙ぐように手を振る。 それは男が意図したものとは違い、少しつまらなそうな顔をしたが、睨むソルを見てにやりと口の端を歪めると高笑いと共に階段の奥へと消えた。
 一際大きな爆発音と共に崩れていく施設から、ソルは脱出した。
□後書き もっと何かないのかよ!!寂しいよぉー!という思いのたけをぶつけたら、ジャスティスがクロウにひどい目に会った。 コピーだけど。
でも、髪をぐい・と引っ張るのってなんか良くないですか?そうですか?変態ですいません。

火男・・・・もうちょっと怒ってくれても良いんじゃないの?と思わないでもないよ。 あの男の前では怒ったのに・・・、ジャスティスのことをいったのかアリアのことをいったのか判らないけどね。
何度でもいうけど、ジャスティス殺したのお前なんだし、仇って言葉を使うんじゃない!(T□T) そこんとこだけどうしても腑に落ちねぇ! ま・・・ジャスティスのこといってたんじゃないかも知れない・という可能性も忘れてはいけない。