「お前が・・・・諦めた結果・・・とは思わないか?」
□目深に被ったフードは、ただでさえ薄暗いその異空間において、顔の殆どに影を落とし、口元すら見えない。□ただその口調には微かな悔恨が滲み、
「ん・・・だと・・・!」
□唸るように言葉を吐き出したソルの殺気に、目の前の男はさして動じた様子も見せずに、
「あの結末は・・・あの時お前が諦めたからだ。ことの始まりが、私が縒り合わせた糸を一端としていたことだとしても・・・」
□男はそういって自分の前で、祈るように指を組み合わせた。□ゆるく握られたそれに目を落とした男は言葉を続ける。
「彼女は諦めなかった・・・・だから、あの時私と共に来ることを選んだ。私の言葉に、この手を取った・・・」
□指を解き、触れた熱を思い出すように右手を見つめる男の言葉に、ソルは何もいわずに腕に炎を纏わせると、その腕を男めがけて突き出した。□だが、それは男の眼前で光の幕に遮られ、熱すら届かない。□それどころか、ソルの体を弾き飛ばした。□短く呻いて態勢を崩したソルは、男と距離を取り直すと、武器を構えながら睨みつけた。□その視線を受けて、男は微かに首を傾げながら、
「憎しみがお前を強くする・・・まだ足りないくらいだ、もっと私を憎み・・・力を手に入れろ」
「殺す!!」
「出来るものなら・・・いつでも・・・吼えるのは簡単だ」
□ソルが振り下ろした封炎剣は、先程の拳同様光の幕によって弾かれる。□男は何事もなかったかのように、服の裾を翻し、その場から掻き消えた。
□最重要、かつ危険度も最高ランクの実験動物に逃げられ、コントロールできない危険物は兵器転用(名目と掲げられないまでも、上層部ではその方向も視野に入れられていた)が不可と見切りをつけられるだろう・と考えれば、自分の身がいかに危ういかは理解するのに時間はかからない。□研究の存在が公になることは一番に回避すべきことで、さらには技術情報が外に漏れることも許されない。□ならば、研究に携わった者達の末路は決まっている。
「逃げよう、私は君を連れても逃げ切れる」
□恋人を、実験動物へと変えた男の申し出を、あっさり受け入れることなど出来ないのは普通だろう。□それでも、彼女を手中に納めれば、彼をコントロールすることは容易い。
「生きていれば・・・また彼に会える」
□このまま残ることの意味をあえて口にはしていない、だが聡明な彼女ならすでに理解はしているだろう。□それだけの事をして逃げ出してくれたのだから。
□自分のやや細くも武骨な手に白い小さな手が重ねられ、壊れたりしないように・とゆるく握り締め、その手を引いて歩き出した。