よどみなく進んでいた一団から、ふらりと一つの影が離れる。茂みの傍に膝を折ると、
「ぅあ・・・・うぇ・・・ッ」
土気色の顔をさらに気分が悪そうに歪め、男は吐き続ける。
「ジャスティスー!テスタメントが吐いたー」
不意に背後から上がった声に、テスタメントは口元を隠しながら振り返った。見れば其処に立つのはヴィー。一団の先頭を歩いていたジャスティスの隣に居たはずなのだが、いつの間にそばに来ていたのか。声がかけられて立ち止まったジャスティスが振り返る前に、
「俺見てるから置いて行ってー。すぐ追いつくから」
ヴィーの言葉にジャスティスは前に向き直ると、すぐに移動を始めた。他のギアはテスタメント達に興味も示さず、黙々とジャスティスについていく。その一団が見えなくなった頃、テスタメントは幾らか落ち着いたようだった。
「私が・・・逃げると思ったのか?」
「は?離れたくらいでジャスティスの影響から逃げられるわけないじゃん。大体お前弱いんだし、一人でいたら速攻殺されるぞ、袋叩きだ」
「ッ!簡単にやられたりなどしない!」
怒気を含んだテスタメントの言葉に、ヴィーはあぁそう・と呻いて、
「今度は何?女殺したら吐いて、ジジイ殺したら吐いて・・・ババア?それともガキ?」
呆れたようにいうヴィーに、テスタメントの眉間に深い皺が刻まれる。それに気付いてはいるものの、ヴィーは言葉を続ける。
「殺してる時のお前、どんな顔か判ってる?笑ってるからな」
「そこに私の意思はない!!」
ヴィーの服の胸元を掴み、テスタメントは声を荒げた。ヴィーはそれを冷めた目で見ながら、
「頭ん中に響くんだろ、殺せ・って。俺だって同じなんだから知ってるよ・・それに殺すことは役目を果たすことだ、嬉しくもなる」
だから笑うのも判る・というヴィーに、テスタメントは首を振る。違う、嫌だ・と繰り返すテスタメントに、ヴィーは困ったように鼻の頭を掻いた。
「殺したくない・・・・こんなことはもう・・したくない・・・」
「いっとくけど、俺達の命握ってるのはジャスティスだから。自殺なんて許されないよ」
死にがっている様にも見えないけど・というヴィーに、テスタメントは頭を抱えた。揺り返すように、時折押さえ込まれた人間面が出てきては、テスタメントはこうやって苦しむ。ヴィーにとっては、経験がないことなので、気休め程度のことしか出来ない。
「人間の頃の記憶があるからそうやって苦しむんだろ?それって捨てれないの?」
「捨てられるわけがない!」
出来ないのかしたくないのかはいわないが、恐らくは後者なのだろう。
「んじゃ、折り合いつけて上手くやっていくしかないだろ、じゃないと壊れちゃうぜお前。壊れたら・・・記憶なくしたのと変わらないぞ」
ぼんやりとした様子で見上げてくるテスタメントに、ヴィーははぁ・と一つ溜め息をついた。
記憶を有した人素体のギアというのはいた、ごく稀だが。記憶は消した方が兵器としては使い勝手が良い、人としての良識や倫理観などは、人を殺し、物を壊す為だけにあるギアには必要がないどころか邪魔だ。それでも人であるための執着といえるのか、人型ギアは記憶に固執する。放棄し、それに全く未練も悔恨もないのはむしろ珍しい。固執するあまり、ジャスティスの支配とギアとして植えつけられた敵を屠るという闘争本能、それと人としてそれに順ずることは出来ないというジレンマのようなものの狭間で苦しんだ挙句、見る影もない“兵器”になったギアを数体見てきた。そしてそれは大抵早くに壊された、もしかしたら絶てぬ命を代わりに人に絶ってもらっていたのかもしれないが、兵器としての素晴らしい働きを思うと、それも判らない。
「テスタメント・・・・俺、これ何回もいってるんだけどね、お前にもいっとく」
口を拭け・と布巾を差し出し、あっちの水辺で口ゆすげ・と連れて行く。テスタメントはヴィーの言葉を素直に待っていた。
「銃・・・・は、もう判らないかな、あんまり見ないし。弓をさ、構えている人がいるとするでしょ。その矢は目の前の人間の心臓を狙い定められているわけ」
弓を構えるような身振りのヴィーに、いわんとすることがまだ判らないテスタメントは、あぁ・と相槌を打つものの表情は判然としない。ヴィーはそれを気にかける様子も見せず、
「それで矢を放つとさ、矢は相手の心臓に直撃するのは判るよね」
「何がいいたい?」
「その放たれ当たる前の矢に人を殺すな・なんて命令するのがおかしいって判る?」
「ッ!」
「ギアは兵器だ、人に向けた銃の引き金を引いて放たれた銃弾が俺達だ。引き金を引いた奴、弓を構えていたのがジャスティス。もう放たれた俺達が人を殺さないなんて無理なんだよ、俺達にはどうしようも出来ない。なまじ意思みたいなのが残っているから、勘違いもする・・・俺達の意思なんてギアである俺達には不要で、考えることなんて意味がない」
「それは・・・」
「そう受け取って良いよ、でも勘違いするな。俺はジャスティスを責めてるわけじゃない、事実をいっただけ」
「ジャスティスは悪だ!!」
「えぇー」
「ギアにされたことだって悔やみきれぬのに、怨敵の傍にありながら討つこと出来ぬこの身も口惜しい」
「そこまで口に出来るんだから、お前は相当だな・・・ジャスティスの前ではいうなよ。いったところでジャスティスは何もいわないだろうけど」
「お前は・・・ずっとそんなことを考えてジャスティスと一緒にあったのか?」
「俺?俺は・・・・ジャスティスにいわれたから殺して回ってるけど、別に人間のことなんてどうだって良いと思ってる。ジャスティスがいわなきゃ、殺さなかったのは事実・・・・でもジャスティスに一因があったとしても、ジャスティスが悪いとは思ってないから」
「何故そんな・・・ジャスティスを信じて」
「これは信じてるっていわないと思う・・・寄生というか依存?お前あんまり辛いなら・・・ジャスティスの所為だって思ってさ・・自分で抱えるの止めれば?あながち間違ってはいないって先刻いった通りだし」
「私は・・これ以上人を殺めたくなどない・・ないはずなのに抗えないのは、私の力が足りないからではないのかと考える。私がもっと心を強く持てば出来るのに・・私の心に隙があるのではないかと疑ってしまう。どこかで望んでいるのではと考えると不安でたまらないのだ」
頭を抱えたテスタメントにヴィーは眉間に皺を寄せた。悪く考えるその思考回路は、どんな言葉をかけても無意味に思えた。ので、思ったままを口にした。
「お前ってほんとに気にし過ぎっていうか・・・深く考えすぎッていうか、疲れないの?」
「お前の盲信さはたまに羨ましい」
「嘘ばっかり」
そういうと、ヴィーは立ち上がって小さく伸びをした。だいぶ顔色が落ち着いたテスタメントを見て、ニコと微笑うと、
「さ、置いてかれてるんだからさっさといこうぜ。今日中に追いつけなくなっちゃうぜ」
ヴィーが手を差し出すと、座っていたテスタメントは小さなその手をじっと見ながら、掴もうかどうかと考えあぐねているようだった。宙を彷徨うテスタメントの手をヴィーはさらうように掴むと、ぐいと引っ張る。テスタメントは服の裾を踏まないように立ち上がると、軽くほこりを叩いた。
「テスタメントがそうやって悪いことしたんだって気に病むのは正直お前の自由だから、俺が口挟むことじゃないんだけどさ」
「ん?」
「お前が悔やんだところで、それでジャスティスが負う責任―告発するのは人だし、裁くのも人でだから罪っていうのが正しいんだろうけど―が軽くなるわけじゃないんだよな。俺達が殺せば殺すほど、長引けば長引くほど。ジャスティスが問われるもんが重くなる・・」
あ〜ぁ・と呻いてヴィーは苦笑いを浮かべた。
「問う奴全部ぶち殺せば、責任なんてチャラだけどな」
「ヴィー・・・」
なぁ・と同意を求めるように笑うヴィーに、テスタメントは薄ら寒さを覚えて、相槌を打つことも出来なかった。もとより同意出来るようなことではなかった以上、頷けはしないのだが。
「貴様に情けをかけられるとはな」
「ひゃわ!!!ジャスティス!?何で此処にいんの?先行ったはずじゃ・・・」
ヴィー同様、テスタメントも無言で驚いていた。怨敵と呼んだのを聞かれていたのではないかと危惧したのだ。が、ジャスティスは二人を一瞥しただけで、
「2キロほど先で夜営だ、遅れた者はお前達だけではないのでな・・回収だ」
「あわわわわ・・・・生意気いってすいません、っていうかいつから聞いてたの?」
「お前の話をただ聞いて突っ立ってなどいない、先刻来たばかりだ」
行くぞ・と短くいうと、ジャスティスはさっさと駆け出してしまった。ヴィーは置いていかれないように、速度を増す為に脚力を上昇するよう変異させる。そして、
「テスタ負ぶってやろうか?」
「この身長差で無理をいうな、自分の足で進める」
小さい年長者の気遣いに、テスタメントは歯痒い様なくすぐったい様なものを感じながら、駆け出した。

□後書き
樽はジャスティスの“所為”だとは思っていますが、“悪”かったのかはいまいちまだ判然としません。

悩んで吐いたりとかうだうだ考えていたら、テスタメントがますます好きになれそうです。時々人間の部分が出てきたんじゃないかな・とクリフストーリーを見て思ったものですから。今までは違う解釈してたんですけどね!でもこのSSにはこの解釈のがあっているので採用。
ヴィーがテスタにどんどん優しくなっているのが少し謎。かなり謎。でも、前からちょいちょいいいたいことだったんだよね。思っていた・というか。


もう二つ三つ、思うところがあるので、いつか書けたら良いです。聖戦の責任に対してどう考えてるのか・とか。